プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生67」
小川は、月曜日の出勤前にいつもの喫茶店で「我らが共通の友(互いの友)」を読んでいた。
「ジョン・ロークスミスとベラ・ウィルファーの恋愛も一時どうなるかと思ったけれど、なんとか
軌道に乗ったという感じだな。リジー・ヘクサムもそうだがディケンズ先生の小説には美人で
愛らしい女性がなんとたくさん登場することか。美人を表現するためには周りの登場人物に
美人であることを語らせれば良いだけだが、愛らしさを読者に印象づけるためには、周りの
登場人物とのヒロインの魅力を引き出す会話が不可欠だろう。そのためにボッフィン氏、お父さんの
レジナルド・ウィルファーそしてジョン・ロークスミスとの会話は特に印象的で、ぼくが特に面白いと
思って読んだのはお父さんと恋人同士のように街にくり出すところ。ぼくの娘もベラのように魅力的な
女性になって「お父さん、ふたりだけで街に出掛けましょう」なんて言ってくれるとうれしいのだけれど」
外を見ると通学の小学生の姿が見え始めた。
「家の上の娘ももうすぐ小学生だな。秋子さん似で良かったけれど、下の娘は自分に似ているので...。
それにしてもあのおしゃべりなところは誰に似たんだろう。この小説に出て来るベラの妹ラヴィニア
(ラヴィ)もおしゃべりでお父さんを困らせたりするけれど、実際のところの父親の気持ちとしては
痛し痒しと言ったところなのだろう。娘たちは親に皮肉ばかり言っているけれど、事前に申し合わせが
できているみたいで、会話が途切れない明るい家庭という印象しか残らない。自分も憧れる家庭とも
言える。もう店を出なければ、また一週間頑張るぞ」
その夜も、小川が帰宅したのは午後10時を回っていたが、娘たちはまだ起きていた。
「おとうさん、いつもありがとう。これからもおかあさんと仲良しでいてね」
「そうか、今日は結婚して10年目の記念日だったね」
「みんなで一緒にケーキを焼いて、それからお赤飯も炊いたのよ。子供たちがお父さんと一緒に食べたいと
言うので首を長くしてまっていたの。ねーえ」
「そうよ、みみももも、おかあさんもこーんなに首を長くしていたのよ。もう少しで天井にあたまがつく
ところだったのよ」
「そうか、お待たせしてすまなかった。それじゃあ、さっそくケーキをいただこうか」
持ち帰り残業をしなければならなかったので、その日は小川は書斎で寝た。眠りにつくとディケンズ先生が
現れた。
「小川君、君はいい娘さんたちと秋子さんに囲まれて幸せだね。だがこれで満足してはいけないよ。現時点で
最高に幸せと思っているのは君だけかもしれない。一家の主としては現状に満足するのではなく、家族のために
何をするのが一番良いのかを常に考えていなければならない。いいね」
「はい、よくわかりました」