プチ小説「こんにちは、N先生 123」
私は東京に行くと必ず立ち寄るところが2箇所あります。名曲喫茶ライオンとディスクユニオン新宿クラシック館ですが、年4回開催している阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンでのLPレコードコンサートが終わった後と5月に開催される小澤一雄氏の個展の帰りに立ち寄ります。今日も小澤一雄氏の個展を見た後に渋谷の名曲喫茶ライオンに向いました。時間が少しあったので今年11月で閉店になる東急ハンズに行こうと神宮通りをタワーレコードの方へと歩いていました。すると意外にもN先生の声がしました。でもいつもの声掛けの言葉ではありませんでした。
「君は以前この通りを東京に来るたびに通っていたようだが、最近はあまり通らなくなったんだね」
「ああ、N先生、ここでお会いするとは思いませんでした。以前は東急本店やタワーレコードなどに行く時によく通ったのですが、最近はほとんど通らなくなりました。でも先生ぼくは、岩波文庫の千一夜物語も12巻の途中までしか読んでいませんし、最近購入した昭和28年発刊の創元文庫「ヘロドトス 歴史(青木巌著)」全3巻も最初のところを少し読んだだけです。なのになぜ読後の感想を訊かれる先生が現れられたのか不思議です」
「ぼくが現れたのは、君が以前クラリネットのレッスンを一緒に受けていたN師に勧められて、ディケンズの『アメリカ紀行』の核心部分を読んだからなんだ。確か、君とNさんがクラリネットの先生のフラワーコンサートに行くために奈良行きの近鉄電車に乗っていた時に話したと思うんだが」
私はなぜN先生がそんなことまで知っているのか不思議でしたが、何も言いませんでした。
「そうです、ぼくはNさんから勧められて読んでいるのです。船旅の様子やアメリカの社会福祉、更生施設などをディケンズが独自の見地でリポートしているのですが、アメリカ人が噛みタバコが好きで唾をまき散らしていて、ディケンズも被害に遭ったというところの方が強く印象に残っています。『アメリカ紀行』はようやく下巻を読み始めたところですが、150ページ余りで、その後はフォースターの『チャールズ・ディケンズの生涯』が掲載されています」
「まあ、フォースターはいいとして、今まで読んで来たところで、他に気になったところはなかったのかな」
「もともと『アメリカ紀行』を読むようになった切っ掛けはNさんが、ディケンズとヘレン・ケラーは繋がりがあると言われたからなんですが、Nさんはその時には書名がわからず、後日メールで教えてくださったのでした。大学生が使うような英語の教科書の一つのチャプターにそのことが掲載されていて、「2 物には名がある ヘレン・ケラー」となっていました。内容は、1842年にディケンズがボストンにある盲人のための学校(パーキンズ視力障害者協会マサチューセッツ園)を訪れて、ローラ・ブリッジマンという視覚と聴覚と嗅覚を失われた少女が盲学校の優れた教師の指導(ディケンズは、サミュエル・グリドリー・ハウ博士が書いた文章から美しい感動的な話を取り出したとしている)を受けて進むべき道に気付くところを日誌のように書いています。そうして『アメリカ紀行』のこの章(第3章)を読んだヘレンの両親がローラと同じ障害を持つ自分たちの娘のことも解決してくれるかもしれないと思って、同校に問い合わせてサリヴァン先生がヘレンの家に来ることになったと書かれています。テキストなので、文法的な解説も書かれていて、『アメリカ紀行』の評価などの記載はありませんが、ディケンズが『アメリカ紀行』でボストンにある盲学校の素晴らしい教師のことを紹介したことで、ヘレンの両親がヘレンをその盲学校で学ばせようと思ったことはよく分かります。『アメリカ紀行』に書かれてあることがヘレンの治療を助けたということなので繋がりがあったと言えると思います」
「ヘレンの両親が『アメリカ紀行』の第3章を読んだことでヘレン・ケラーという社会に貢献する人物が生まれたとも言える。嚙みタバコなどの話はあまり重要ではない。小説も随筆もすべてがすばらしいわけではない。面白くないところもたくさんあるだろう。でも人によい影響を与えたのなら、その本は読む価値があると言えるだろう」
「ぼくもそう思って、これからも頑張ります。ありがとうございます」