プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生68」
土曜日の夜に読み始めて日曜日の未明に小川は、あとわずかになっていた「我らが共通の友(互いの友)」
を読み終えた。
<なにかと考えさせられることが多かったけれど、面白い作品だった。フレジビー、ブラッドストン、
ライダーフッド、ウエッグなどの悪役は懲らしめられ、ジョン(ハーマン)とベラ、ユージンと
リジーのカップルはそれぞれ結ばれ幸せな家庭を築く。脇役である、ボッフィン夫妻、レジナルド・
ウィルファー(ベラの父 略してR.W)、モティマー・ライトウッド(ユージンの親友)、ジェニー・レン、
ライア、ヴィナス氏などはその活躍の拠点まで丁寧に描かれ興味深く読ませてもらった。それでも
やはり先生の作品を読んでいて一番楽しいのは善良な登場人物の明るい会話で、特に第3部第16章の
「いたずら小鬼三匹の饗宴のこと」のベラ、ジョン、R.Wの会話は本当に何度読んでも楽しい。
突然好々爺だったボッフィン氏が守銭奴に変身して守銭奴の著作をベラを引き連れて買い漁り、
ロークスミス(ハーマン)と敵対するところではどうなることかと思ったが、それはすべてベラの
美点を引き出すためのお芝居だったとは。とにかく楽しい時間を過ごさせてもらっているのには
感謝しないと。ディケンズ先生の作品の一番いいところは誰もが安心して読めることだろう。その中に
ユーモアたっぷりの会話や感動的な光景が展開する。また登場人物もリアリティーがあってなじみやすい。
歴史物と言われる、「二都物語」「バーナビー・ラッジ」も面白かったけれど、当時のロンドンの庶民の生活を
見せてくれる、「デイヴィッド・コパフィールド」、「リトル・ドリット」やこの作品を読むと昔の人の
考え方も今の人と余り変わらないことが分かり、ほっとする気がする。百何十年も前の生活が
今と余り変わらないというのは、人間の価値観というものは実際のところはあまり変わっていない
ということではないんだろうか。今日は六義園に出掛けることになっているが、お昼からだから少し寝坊
できる。横になるとしよう>
小川が眠りにつくと、ディケンズ先生が現れた。
「小川君は、「我らが共通の友(互いの友)」を気に入ってくれたようだね」
「そうですね、ぼくの場合、勧善懲悪で登場人物の行動がある程度予測できる作品は安心して読めますね。
ストーリーの展開は奇抜なものでなくても、登場人物が魅力的であればそれでいいんです。登場人物の魅力は
行動と会話で引き出されるのですが、先生の最後の完成された作品として、申し分のないものであると思います」
「うれしいことを言ってくれるじゃないか。私から君にいいことを教えよう。君がまだ読んでいない、
「ドンビー父子」と「ニコラス・ニクルビー」は5年以内に初訳が出版されるだろう。近くの大きな公立
図書館で閲覧できるようになるから、楽しみにしていてくれ」
「はい、わかりました」
※ この物語は、1998年頃を想定しています。