プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 125」
福居は久しぶりに京都出町柳の名曲喫茶柳月堂に行くことにした。大学図書館に行って休館日であることがわかったからで、2022年7月以来なので4年以上のブランクだった。以前は2ヶ月に一度くらいのペースで柳月堂を訪れていたが、2023年6月から東京阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンでのLPレコードコンサートが復活したということもあり、ご無沙汰していた。福居は1994年に渋谷の名曲喫茶ライオンで持ち込みのハイフェッツのブルッフのスコットランド幻想曲(10インチ盤)を聞いて以来、半年以上名曲喫茶で自分のレコードを聞かないといらいらしてくるのだった。LPレコードコンサートは3ヶ月に一度開催するので、柳月堂に行く必要はなくなった。それでも規模でヴィオロンのオーディオ装置を凌ぎ、ライオンに比肩すると思うので、機会があれば行ってみたいと思っていた。立命館大学前のバス停から59番の市バスに乗り、車窓からの景色を見ながら福居は考えた。
<今日はレコードを持参していないから、店内のレコードを掛けてもらう、ミュンシュ指揮ボストン交響楽団のレコードがたくさんあったから、ブラームスの交響曲第1番もきっとあるだろう。このレコードはぼくが一番最初に購入したレコードなんだ。1,300円の日本盤なんだけど、今でも大切に置いてある。それからぼくが初めてモーツァルトのピアノ協奏曲が美しいと思ったレコードも聞けたらいいな。一度食事に出てもう一度注文したら、掛けてもらえるか訊いてみよう。カサドシュはあまり有名でないフランス人のピアニストだけれど、セル指揮クリーヴランド管弦楽団と共演したモーツァルトのピアノ協奏曲第24番はまさにピアノとオーケストラとの掛け合いがすばらしい。ただこの曲(K491)の同メンバーの録音が1954年と1961年のふたつがあるから、気を付けないといけない。モノラル録音の方が演奏技術がはるかに上だが、ステレオ録音の方がいいと安易に1961年盤を選択してしまう。するとK491のよさがわからずに終わってしまう。クリスチャン・フェラスのフォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番もそんな感じだ>
上京区総合庁舎前のバス停で乗車してくる人を見ていると、その中にM29800星雲からやって来た宇宙人がいた。宇宙人は福居に気付くと手を振った。
「ああ、谷さん、これからどこかに行かれるのですか」
「イマデガワドオリヲアルイテイルト、アンタガバスニノットルノヲミタカラネ。コノバスニノッタノヨ」
「今からぼくは久しぶりに名曲喫茶柳月堂に行こうと思うんです。谷さんと出会う前からずっと行っていた名曲喫茶でオーディオ装置が素晴らしいんです。東京の名曲喫茶ライオンやヴィオロンのように」
「ナンデマタ、イマカラヤノン」
「今日は大学図書館で本を読んだり、小説を書こうと思っていたのですが、生憎休館日でした。それで久しぶりに柳月堂に行くことにしました。今日は手持ちのレコードはありませんが、柳月堂はたくさんの名盤が置かれていて、リクエストが出来ます。谷さんもリクエストされたらどうですか」
「ワシ、リヒャルト・シュトラウスノツァラストラハカクカタリキカストラヴィンスキーノハルノサイテンガキキタイワ」
「多分、あると思います。リクエストノートに書いておけば掛けてもらえます」
バスが河原町今出川のバス停に停まったので、福居と宇宙人は下車した。
「アンタホウコウガチガウントチャウン。フタバハコッチヤヨ」
「ああ、谷さんもふたばのファンなんですね。私も昔は柳月堂に行く前に必ずふたばに行ってました。でも健康診断で血糖値が高いしHba1cは基準値を超えていると言われてからは和菓子を一度に2個も3個も食べられなくなりました。今の時期だとくずもちがおいしいのですが・・・。糖尿病になってしまったら思っていることができなくなりますから」
「ソウヤネ、ケンコウダイチヤネ。ホタラ、マッスグリュウゲツドウニイクンヤネ」
「そうですこれからは柳月堂に行くことだけが目的になります。昼ごはんは多分、百万遍の松屋に行くと思いますがたまには伝七で味噌ラーメンを食べたいと思っています」
「モチコミノレコードハドンナノヲモッテクルノ」
「多分、明後日の土曜日には、アンセルメの「シェエラザード」とバルビローリのブラームス交響曲第2番を持って来ます。どちらも音が素晴しいレコードです。2週間に一度土曜日に来たいところですが、お金がそれなりにかかります。だから月に一度くらいにしようかなと思っています。バックハウスのベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番、ストコフスキーのチャイコフスキー交響曲第5番、ケルテスのドヴォルザーク交響曲第9番と序曲「オセロ」、ペーター・マークのメンデルスゾーン交響曲第3番と序曲「フィンガルの洞窟」、クリュイタンスのベートーヴェン交響曲第6番「田園」、セルのシューマンの交響曲第3番「ライン」、ミュンシュのシューベルト交響曲第9番「ザ・グレイト」、ミュンシュのシューマン交響曲第1番「春」、アンセルメのストラヴィンスキー「春の祭典」カザルスのドヴォルザーク チェロ協奏曲などなど持ち込んで掛けてもらいたいレコードがたくさんあります」
「オーケストラキョクバカリヤネ。シツナイガクトカハリクエストシナイノ」
「ヴィオロンは小編成の曲も楽しめるのですが、ライオンや柳月堂はどうしてもオーケストラ曲をリクエストしたくなります。もったいない気がするからです。一度コルトーのショパンの前奏曲集、練習曲集、バラード集やウラッハのモーツァルトやブラームスのクラリネット五重奏曲を持ち込みたいのですが、それはオーケストラ曲で聞きたい曲を一通り聞いてからになると思います」
「ソウヤネンネ。タノシミガヒトツフエテヨカッタネ」