プチ小説「こんにちは、N先生 130」
私は現在デジタルカメラのライカM9で写真を撮っていますが、その前は銀板カメラのライカM6でした。ライカM6を使うようになったのは40才を過ぎてからで、それ以前は高校生になって以来ずっとオリンパスOM1を使って来ました。その前はハーフサイズのオリンパスEE2しかなく家族旅行の写真はそれで撮っていましたが、私が高校に入ってすぐに写真部に入部したので、母親は入学祝いにオリンパスOM1(55ミリ標準レンズ付き)と200ミリの望遠レンズを買ってくれたのでした。両親は自分たちの写真をたくさん息子が撮ってくれると期待したのでしょうが、部活で使うことがほとんどで家族の写真を撮ったのは高1の時に比叡山に出掛けた時だけでした。私は写真部に入部した頃から、父親が使っていたMAMIYAのレンジファインダーの35ミリカメラに興味がありましたが、露出計が付いていないのと父親がそのカメラを使わないのとで撮影することはありませんでした。ただ私と弟が茨木神社に七五三参りした時の写真が数枚残っているのでその時は父親がそのカメラで写したのだと思われます。そういうことがあって、そのカメラは長らく箪笥のこやしになっていましたが、最近になって8千円程でデジタルの露出計が販売されていることを知りそれを使えば味わいのある写真が撮られるのではないかと思いつきました(後にスマホのアプリにあることを教えてもらいました)。長らく行方不明になっていましたが、弟が見つけてくれてこれでもしかしたら長年の夢が実現するのではと思いました。そんなことを思いながら、JR摂津富田駅で大阪方面行きの電車を待っていると後ろから、今から中古カメラ店に行くんだろと声がしました。それはN先生でした。私はなぜそのようなことを知っているのか不思議でしたが、何も言いませんでした。
「ああ、N先生、確かにそうですが、ぼくはまだ『ドン・キホーテ』の前編しか読み終えていません」
「『ドン・キホーテ』は前編と後編に別れていて、その間には10年の歳月が流れているから、別の小説と考えてもいいだろう。それについては後で君の感想を聞くつもりだが、その前にオールド・カメラのことについて君の蘊蓄を聞きたいな」
「そうですか、私は40才を過ぎてからはずっとライカで写真を撮っていますが、ライカで素晴らしい写真が撮れるのなら、日本のオールド・カメラでも味わいのあるいい写真が撮られるのではないかと思っていました。以前から気になっていた父親が使っていたカメラを使ってみようと考えましたが、いくつか問題がありました」
「露出計以外にもあるんだね」
「生前に父親から使い方を聞いておけばよかったのですが、実際に父親がそのカメラを手に持っているところを見たことがありません。私が5才の頃に七五三参りの写真を撮ってくれただろうということがわかるだけです。今からカメラ屋さんに行って動作確認をしてもらって使えるようなら、露出計とカラーフィルムを買って帰ろうと思います」
「カメラが使えるよう祈っているよ。そしたらたくさんそのカメラで写真を撮るんだろ」
「そうしたいのですが、仮に使えるとしても、ライカM9のように気軽に写すわけには行かないんです。露出計で光度を計測してから露出とシャッタースピードを決めてセットしなければなりません。レンジファインダーは使えますが固くてなかなか動きません。だからシャッターを押すまでに2分はかかると思います。そうして無事写真が撮れたとしてもフィルム現像費、ディスクへの焼き付け費用などが高くなっています。昔の2倍くらいになっています」
「そうか、それほどしんどいんだったらやめたらと言っても君のことだから、かえって奮闘するんだろうね」
「一度やってみて面白いなと思ったら、年に一度くらいMAMIYAのカメラで撮影した写真をホームページに掲載すると思います」
「また君がのめり込むことが出て来て良かったじゃないか。ところで『ドン・キホーテ』の前編はどうだった」
「この前先生にお会いした時に第24章からカルデニオが登場して面白くなったと言いましたが、カルデニオが恋人ルシンダをドン・フェルナンドに奪われ、ドン・フェルナンドの婚約者ドロテーアも登場します。ドン・フェルナンドが反省して4人が仲良しになって物語は進んで行きます。ルシンダもドロテーアも美人とされているので花が添えられた感じです。でも彼らが登場するところは脱線と言えます」
「脱線は他にもあるだろ」
「ええ、『ドン・キホーテ』は主人公が騎士道物語を読みすぎて、頭がおかしくなり騒動を起こすという物語ですが、なぜか宿屋で騎士道物語について批判する場面で騎士道物語礼賛のようになり、みんなで讃え合ったところで、突然司祭は宿屋の主人が持っている二つ折りの写本『愚かな物好きの話』が気になりみなからの要請もあって司祭自らがその写本を読み始めます」
「これが3章に跨って長々と続くのだが、本筋とは何も関係がない」
「その後も司祭、床屋(ニコラス親方)、宿の主人、カルデニオ、ドン・フェルナンド、ルシンダ、ドロテーアが登場しますが、彼らによって面倒を起こすドン・キホーテをどうするかについて話し合われ、檻に入れられて故郷に連れて帰るということになります。このあとサンチョ・パンサの奥さんが登場したりしますが、最後にソネットがあり、最後にどうなったかよくわからない感じで終わります。多分、セルバンテスが続編を意識したのだと思いますが、せめて最後のところでサンチョだけでなく司祭の発言があったら、その時点でのドン・キホーテがどうなっているのかがわかったでしょうが、ドン・キホーテが羊飼いと殴り合いをして、サンチョとフアナ(サンチョの奥さん)がよくわからない会話をしたところで終わっています」
「まあ、そんなに短気を起こさないで、後編に期待すればいいんじゃないか」
「そうでしょうか、もしそうでしたら世界で一番売れたとも言われる小説の見事な完結を楽しみにすることにします」
「期待を裏切らない見事な結末になると思うよ」