プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生69」
秋子は久しぶりに娘の桃香と深美と共に実家に帰っていた。
「お母さん、そんなに気を使わなくてもいいのよ。私たちが帰る度にごちそうを
していたんでは...」
「心配しなくていいのよ。わたしたち、久しぶりにすき焼きが食べたいと思った
だけなんだから。それより東京暮らしも10年以上になるけど、何も困ったことは
ないの...」
「おかげさまで、楽しくやっているわよ。ねえ、もも、みみ」
「そうかしら、いつも、おとうさんはおそくまでおしごとをしているし、おかあさんも
ぱーとのおしごとをしていて夕ごはんもいつもおそくなるのよ。わたしみみのめんどうを
みないといけないので、学校が終わったらかけ足で帰って来るの」
「いつも、わたし、首を長くしておとうさん、おかあさんのかえりを待つので、天井に
あたまがついてつきやぶるんじゃないかと...。っていえばみんなよろこぶっておねえさん
言ってたけれど、これでよかったかしら」
「ふふっ、そうよ、そうして明るくしているとおかあさんうれしいわ」
「秋子、でも、本当のところはどうなんだい」
「本当も何も、子供に寂しい思いをさせているのは事実だわ。でも子供の将来のことを考えると
わたしも働かないと。もももみみも大学に行きたいんだったら、協力してね」
「わたし、大学に行ってアユミお姉さんのような無敵のピアニストになるの。みみもそうよ。ねえ」
「わたし、おねえさんとはちがうの。アユミお姉さんが好きな生姜煎餅だけをはんばいする。
おせんべいやさんをぎんざにつくるのよ」
「この子たち、アユミさんのことをとても慕っているの。わたしもアユミさんがピアノを教えるために
東京に来る時が待ち遠しくて。だってその時はこの子たちの心配をしなくていいから。これは
かなわぬ夢かもしれないけれど、下の娘が中学生になるまでアユミさんが近くに住んで
くれればとても助かるんだけれど」
次の日の夕方に秋子は実家から帰ったが、夕飯の支度は小川がし終えていた。
「今日は、カレーライスだよ。どうだった、ご両親は元気にされていたかな。そうそう、アユミさん
から手紙が来ていた。どうも、ご主人が東京勤務を命じられて、一緒に戻って来られるそうだ。
子供たちは大歓迎だろうが、ぼくは平静にしていられない毎日が続きそうだ。でも、このことは、
秋子さんには朗報なんだろうなぁ」
秋子はにっこり笑って、
「それはもう、これ以上ない朗報だわ」