プチ小説「月に寄せて12」
上野は下方に目をやりながらそそくさと白銀の美女の前を通り過ぎようとしたが、稲田が、あらと
言ったので立ち止まった。上野が白銀の美女を見ると、目を大きく見開いて上野を凝視していた。
憎悪の感情を持っているのは明らかだった。上野はなす術もなく黙ってその場から離れようとした。
しかし怒りで煮えたぎった表情の白銀の美女は二人の前に立ちはだかった。驚いたことに最初に声を
発したのは、稲田だった。
「いけないわ、あなたのようなきれいな方がそのような顔で人を見ては。まるでけんかを仕掛けて
いるような。誰だって、辛い時はあるのよ。もし私たちがあなたの力になれるのなら、お貸しする
から、どうぞあなたが困っていることをおっしゃって...」
「問題のすり替えをしないで。それに私はあなたに対して憎しみの気持ちは持っていません。この
男が私の心を弄んだのでそれを償ってほしいだけなんだから。この男は思わせぶりな態度で私を
誘惑しておきながら、あなたという女性ができたので...」
「えーっ、んな、あほな。思わず大阪弁が出てしまったが、そんなひどい話は聞いたことがない。
君とはただ握手をしただけじゃないか」
「でも、あなたは私に強い期待を残したままこちらの女性に...」
「もしぼくが何度かあなたと二人だけで楽しい時間を過ごした後で、責任を取ってと言われたなら、
なんとかしないとと思うけど、ぼくたちには何もなかったという認識なんだ。これって
おかしいのかな。だんだん自信がなくなってきたなぁ」
「上野さん、こんなところで立ち話もなんだから、予約しているレストランに行きましょう。多分、
人数が増えたと言ったら、喜んで席を増やしてくれると思うから」
「そ、それは...。適切な対応と言えるのだろうか」
結局、上野は了承した。白銀の美女は異存はなかったので、ふたりの後に続いた。
「あなたのお名前お尋ねしていいかしら」
「ひろことだけ言っておくわ」
「わかったわ。じゃあ、ひろこさんに聞くけれど、今からレストランであなたのお話を聞こうと
思うけど、いいかしら」
「私、あなたとだけなら話してもいい」
「そんな、めちゃくちゃだよ。あんまりだよ」