プチ小説「月に寄せて13」

白銀の美女は上野の同席を嫌がったが、稲田が説得して、マスクをつけて(何も食べずに)何も
話さないのなら、いてもいいことになった。
<それにしても、稲田さんはこれからどうするのだろう。白銀の美女の話を聞くだけなら、ぼくのことを
 稲田さんによく思ってもらえないだろう。でも、その場にいたわけではないのだから、反論もできないし...。
 ぼくとしては、黙って見ているしかないか>

3人が席に着くとウエイターがやって来た。
「3人で来たけれど、こちらの男性は、のどの病気で今日は食事ができないの。だから水だけ下さい。私たち
 ふたりはAコースの料理を下さい。ワインは...」
「こんなにしていただいて。じゃあ、そろそろ話していいかしら」
「ええ、でも手短にして下さいね」

2時間余り上野に対する怒りを稲田にぶつけた白銀の美女は、話すことがなくなるとそそくさと帰って行った。
「もう帰ったから、マスクを外してもいいわよ」
「ふうー。でも、うまいもんだね。男の身勝手によって深刻な傷を負った女性の訴えを単なるクレーム対応に
 変えてしまうんだから」
「最初から、あの人は様子がおかしかったわ。あなたはきっと気付かなかったでしょうけれど、あなたが
 がっくり肩を落とす度に勝ち誇ったように笑っていた。そのことが楽しくて仕方がないといった感じだった。
 それなら上野さんに少し酷かもしれないけれど、白銀さんに好きなことを言ってもらって、気持ちを
 すっきりしてもらったら、解決できるんじゃないかと思ったの」
「でも、また来たら」
「それは何とも言えないけれど、また私たちの前に現れたら同じようにしたらいいんじゃないかしら。
 同じことを繰り返しているうちに飽きてしまってどこかに行ってしまうと思うわ」
「なるほど、でも、今日は散々な一日だったけれど、残りの時間は楽しい時間にしようよ」
「そうね、私もそうしたいわ」
「じゃあ、ここを出て、ぼくの知っている店に行こうよ」
「午前様は困るけど、少し前までなら大丈夫よ。でも、家まで送ってね」