プチ小説「月に寄せて14」
白銀の美女の一件を切っ掛けに上野と稲田の仲はより親密なものになったが、相変わらず東北と大阪の
距離は縮まらず、いぜん手紙でのやりとりが主流だった。電話賃は高くつくし、月に1回上野が夜行バスで
やって来るが滞在時間が短いので、昼食をとってから映画館や美術館に行くくらいだった。それに最近は
手紙を稲田の家に送ることができたので、上野は週末には必ず近況報告を手紙でするようにしていた。
雨が降ると若葉の香りが立ち上り自然の息吹が感じられるよい季節になってきましたが、いかがお過ごし
でしょうか。相変わらず私はあなたがいない時には、とても退屈な日々(時間)を過ごしています。
それでも今度の週末には実家に帰りますので、稲田さんがよろしければ、一緒に過ごすことができそうです。
可能であれば、前から言っている、京都の名刹めぐりをしたいものです。でも、北山や河原町でのウインドー
ショッピングに関心があるのなら、そちらの方も喜んでおつき合いさせていただきます。とにかく稲田さんと
一緒にいるのが楽しくて仕方がないのですから。よいお返事お待ちしております。
上野は手紙を水曜日に出したため、今回は手紙が間に合うか危ぶまれた。そこで稲田は夜上野に電話を入れた。
「こんばんは。上野さん、いかがお過ごしですか。こちらは天気がよくてきれいな星空よ」
「やあ、稲田さん。手紙読んでくれたかな。そういうわけで、今度の休みに時間が取れそうだから、京都に
出掛けて1日ゆっくり過ごそうと思うんだけれど、君の都合はどうだい」
「もちろん、オーケーだけれど、どこで待ち合わせをしようかしら」
「京都駅の改札口でいいんじゃない。午前10時でどう」
「わかったわ。楽しみにしています。それから、時間があればでいいんだけれど、少し相談に乗ってほしい
ことがあるの」
「相談?何か気になるなあ」
「まあ、その時のお楽しみということで」
「ヒントは」
「ヒントはクラシック音楽よ。じゃあね」