プチ小説「はじめてのお月見」
「二郎、今日はお月見をするから、薄をどこかで見つけて来て。
   それから、月見だんごを作るから手伝ってね」
  「うん、でも薄ってどこに行けば…」 
  「家の畑に行けば、いくらでもあるわよ。10本ほどを一本ずつ
   鎌で刈り取って来るのよ。葉っぱで手を切らないようにしてね」 
  「わかったよ、おかあさん」
 
  
  「今日は、ゆりえが生まれてはじめてのお月見だから、にぎやかに
   やりたいと思っているの。だからおだんごの代わりに、おはぎを
   つくることにしたわ。おはぎはここに御供えしておきましょう。
   薄は花瓶に入れて、丸椅子の上においてね」 
  「おかあさん、月ってどこから出て来るの」 
  「ほら、ちょうどあの松の木のあたりからよ」 
  「ああ、あの天辺のところにネコが横たわっているような松の木だね」
  「そうよ。おとうさんは今夜も会社の人とのおつき合いで遅くなるよう
   だから、3人で始めていましょうか」
  しばらくすると、ガラス戸を通して正面にある松のあたりが月明かりで
  明るくなり始めるのが見えた。 
  「もう少ししたら、月が出て来るわよ。一緒に見ていましょうか」 
  澄み切った濃紺の空にうすい黄色がかった白く輝く丸い月が現れた。
  月は周りの闇に明かりを滲み出すように光彩を放っていた。
  「今日のお月様、ほんとうにきれいね」 
  「ぷぷーっ」 
  「ゆりえも、きれいと言っているみたいだね」 
  「そうね」
註)昭和の頃のお話です。