プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生74」
小川とその家族が最初に訪れたのは、円山公園だった。彼の娘の深美と桃香は、もう一度八坂神社の
境内に行って来る。ここで待っていてと言ったので、小川は秋子とならんでしだれ桜、といっても
花も葉もなかったが、のそばのベンチに腰掛けた。
「私も小川さんが最初に行くのはここだと思った。あれから10年以上経つのね。ここの他にも上七軒の
バス停近くの公園や府立植物園それから嵐山なんかもふたりで行ったことがある懐かしい場所だと
思うわ」
「ほんとは府立植物園に行きたかったけれど、休園なんだ。上七軒の公園は何もない、煎餅屋は休業日
だと思うし、ところだから...。それでここに来たけれど」
「何も心配しなくていいのよ。こうしてみんなで今日一日を過ごせば、いい一日だったということに
なるから」
「あとは大学に行くことも考えたけれど、中心部から外れたところにあるし...。だからこのあとは
祇園や河原町を散策して帰ろうかと思うんだ。若い頃なら精力的に行きたいところに行ったけど、
子供のことも考えないと、だってぼくのように10キロ歩くのも苦にならない人はあまりいない
ようだから。自分の好きなようにしていると、いずれ子供に嫌われてしまうだろうから」
「そうねえ、ふたりともいい子だから喜んでどこにでも行くだろうけれど、歩いてばかりというのは
少し気の毒よねえ」
「それにしても...」
「どうしたの。何か気がかりなことでも」
「いや、その逆さ。ぼくというちっぽけな何もひとりでできない人間が、君というすばらしい女性に
出会ったおかげで、視野が広がり多くの人たちと交流している。君が支えてくれているおかげで
仕事の方も順調だ。家庭には楽しい雰囲気に満ち、会社で嫌なことがあっても、家に帰ってくれば
そんなことは吹き飛んでしまう。ぼくとしてはどうしたら君の日頃の尽力に対して報いることが
できるか、感謝の気持ちを表すことができるか...」
「待って、もうすぐあの娘たちが帰って来るから、私の言うことを一言だけ聞いて、私はあなたと
いるだけで幸せ、この時をなるべく長く持続させたい。人の世は儚いものだけれど、一人の力じゃあ
あっという間にすぐに幸福というものは儚く消えてしまうけれど、家族が力を合わせれば、家族が
ひとつになれば半永久的に続けることは可能なの。だから私が願うのはあなたが家族を大切にする
その気持ちを失わないでいてほしいということなの。私の願いはそれだけよ」