プチ小説「たこちゃんの飛躍」

スプリング、ヴエロ、スプルングというのは飛躍のことだけれど、ぼくは今のところ海外には行った
ことがない。中学の頃に弟と共に、当時住んでいた大阪から岡山に出て宇高連絡船(当時瀬戸大橋は
なかった)に乗り高松まで出掛けたのが遠出の初めと言える。栗林公園や屋島に行って、日帰りで無事に
帰って来たのに味を占め、高校になると近所の友達も誘って日帰りで広島方面に出掛けたものだった。
普通だったら歴史的建造物の宮島や広島市内に行くところだが、なぜか宮島に行った後、 生口島にある
耕三寺に行った。今にして思えば、すごく不可解なのだが確か当時珍しかったホバークラフトに
乗れるというのでそのコースを選んだのだと思う。その後はぼくの行動に母親が触発されたのか、
父、母、ぼく、弟、妹の5人で家族旅行に行くようになり、大学に入るまでは、単独行動は
許されなくなったんだ。その後も旅行にはしばしば行くが、今のところ海外に雄飛したこと
がない。海外の、特にヨーロッパの建築の素晴らしさやオーストラリアの真ん真ん中の砂漠で
見る夜空の美しさは一度体験しておくべきだと言われたことがあるが、今のところ飛行機に乗った
のは、北海道への2往復と松山からの帰途に利用しただけだ。それでも国内の旅行は先程も
言ったが、中学生の頃からあちこちに行っている。ただぼくが興味あるのは 、今は名所や
観光地に行くことではなく古本、中古レコードとB級グルメなのだから 、同行の人とウマが合わないと
困るだろう。海外では、英国、スペイン、ドイツに興味があるけど、その主な観光地を訪ねる
ためにはあと数十年はかかるんじゃないかと思い、なかなか初めの一歩を踏み出せないでいる。
駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は、海外に行ったことがあるのだろうか。そこに
いるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス ケエスタスアシエンド」「いや、
特に今から何をしようということはありません」「エルティエンポエスオロ キエレスヴェニールコンミーゴ」
「あなたと行けば、有意義な時間が過ごせるというのですね」「そうやないねん。最近、お客はんが
おらんので、わしのタクシーに乗ってほしいんや。この前言うてた「骨まで愛して」歌うたってもええで」
「それならぜひ乗せて行って下さい。ところで鼻田さんは海外旅行はされたことはありますか」
「ああ、よう行くで。この前も釣りしに行って来たわ」「釣りですか?」「そうやでー、淡路島の岩屋に
行って来たんや。あそこも陸続きでないやろ。だから海外なんや。ちゃんちゃん」と自分でオチをつけて
しまったので、「骨まで愛して」を歌い始めるまで落ち着きなくオドオドするという、それに応じた
リアクションをさせてもらったのだった。ぶつぶつぶつ...。