プチ小説「月に寄せて17」
先月と同様に上野と稲田は四条河原町前の高島屋の前で待ち合わせ、前と同じ店に入ろうとしたが、
生憎空き部屋がないと言われた。
「こういうこともあるだろうと、別のところを考えてあるの」
「どこに行くの」
「そこから市バスに乗って河原町今出川まで行きましょう。今日はぽかぽか陽気で真冬とは言え
15度くらいあるからよかったわ」
ふたりが行ったのは京都家裁の横にある公園だった。ふたりが腰掛けると稲田は話し出した。
「ここだったら、休日はあまり人が来ないし何か言われたら、ゆっくり鴨川ぞいを歩いて
四条河原町に戻ることにしましょう。お天気もいいことだし。でもあまり音を出さないで
レッスンすることにするわ。さあ楽器を組み立てて」
「この前、ソの音を安定して出せるようにと言われたので、練習して来たのだけれど」
「じゃあ、少し鳴らしてみて。うん、なかなかいい音よ。やはり男性は体力があるから大きな音が
出せるようね。でも器用さでは女性がまさっているみたい。で、今日は運指について勉強しましょう。
高い音を出すのは慣れてからということで、今日は基本的な音のドから6度下がったミの音から5度
上がったソの音までを勉強しましょう。まずは基本の音ドから。ドの音は左手の親指、人差し指、中指、
薬指で上管の4つの穴をふさいで、これがドの音。さあ、吹いてみて。次はレ、薬指を上げて。
そうそう。次はミ、これはさらに中指も上げて。このあたりから音が不安定になってくるの。次はファ、
そう、さらに人差し指も外して」
「えーっ、それじゃあ。親指2本で楽器を支えなきゃいけないの。こりゃ、難しいなぁ」
「まあ、慣れれば大丈夫よ。それで、すべてを離せば、前にも言ったけれど、ソの音なの。次は低い音に
行くわよ。ドの音の指使いをしてさらに下管の上から2つ目の穴を右手の中指でふさげばこれがシ、
人差し指と中指で上のふたつの穴をふさげばラ、人差し指と中指と薬指で3つの穴をふさげばソ、
さらに3番のキーも右手の小指で押さえるとファ、同じようにして3番のキーを右手の小指で押さえ
1番のキーを左手の小指で押さえるとミと下がって来るの」
「小指のところにたくさんキーがあるけど...」
「そうね。それについてはもう少し習熟してからにしましょう。今日はこれでおしまい。あとは自分で
自宅で学習しておくように。じゃあ、これからは青空の下でひなたぼっこでもして過ごしましょう。
でも、次回まできっちり予習はしておいてね。よろしいですか」
「ははは、稲田さんたら、学校の先生みたい」
「えへん。いいですか。忘れないでね」
「はーい」
註)クラリネットはデリケートな楽器なので、本来は屋外の演奏には向きません。