プチ小説「たこちゃんの涙腺」
ティアーズ、ラーグリマス、トレーネというのは涙のことだけれど、ぼくはものごとに感動すると
すぐに涙がほとばしり出て来てしまう。何に感動するかと言うと、平凡な日常ではなく、非日常を
体験できる本や映画によることの方が多い。本は予備知識が事前に入ることが多いので、読んでいて
涙が止まらなくなることは余りない。それでもヘルマン・ヘッセの「郷愁」やジョージ・エリオットの
「サイラス・マーナー」を読んだ時には電車の中で(ぼくの読書は電車の中でが多い)目頭が熱く
なって席を立って出入り口のドアに寄りかかって、外を見ながらハンカチを目に当てたことがあった。
映画は劇場の中が暗く周りの人と向かい合うことが余りないので(ぼくの場合、映画はひとりで
楽しむものと考えている)、思う存分泣くことも可能だが劇場で見た映画で泣けたのは、「パピヨン」
くらいだろうか。そういうわけで今まで泣けた映画を見たのは自宅のテレビということになるが、
ぼくが中学生から高校生の頃には日、月、水、金、土のゴールデンタイムは映画番組をしていた。
泣けた映画の一番に上げられるのは、やはり、「グレン・ミラー物語」、次に「汚れなき悪戯」
その次に「旅愁」だろうか。どれもラストシーンで、全身がジーンとしてやがて涙があふれて来るんだ。
他に、「未完成交響楽」、「サウンド・オブ・ミュージック」、「ひまわり」なんかも目頭を熱くした
映画だった。こうして列挙してみて気が付くのだが、これらはいずれも映画の中で流されるテーマ曲
なんかが感動的でそれに乗せられて(それに涙腺が刺激されて)涙が奔流となって目からほとばしって
しまうような気がする。本や映画とは関係ないが、ラグビーで伏見工業が初優勝した時に山口監督が
何度もテレビに出て来て、「やったぞー」と右手を突き上げるのを見て10回以上その日に目頭を
押さえた記憶がある。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は感極まったことが
今まであるのだろうか。そこにいるから聞いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス
テンゴムチョカロール」「あれ、まだ真冬だというのに暑いとおっしゃるのですか」「メエモーシオーネ
...」「何か涙を流さずにおれないことがあったのですか」「ちゃうねん。今日のレース、最初から
ずっと買うてんねんけど、うまいこと当たらんから熱くなってしもうて。これではなけなしの金も
はたいてしまうことになるから、そら悲しゅーて...」「うーん、鼻田さんは何か物に感じて心を動かす
ということはないのですか」「そうやなー、そんなんはないなぁ。歌うのは気晴らしやからちゃうし...。
ばくちはすぐに結果が出て心がでんぐり返るような気持ちを味わえるから、その味を知ったら他のことに
興味が持てへんよーになるんとちゃうやろか。あっ、ちょっと待ってやー」そう言って、携帯ラジオに
聞き入ったので、仕方がないから隣のタクシーを利用したんだ。ぶつぶつぶつ...。