プチ小説「友人の下宿で29」

「みなさんお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日は、「私の好きなピアノ曲」を
 各自持ち寄っていただき、みんなで聴いてみようと言う企画です。曲の長さは問いませんが、バッハの
 平均律クラヴィーア曲集全曲を掛けてほしいというのは無理です。またベートーヴェンやモーツァルトの
 ピアノ・ソナタを全曲掛けてほしいというのは無理です。またショパンのマズルカ全曲を...」
「おい、安城、そんなことを言っていたら始まらないじゃないか」
「でも、百田はベートーヴェンのピアノ・ソナタをグルダで全曲聴きたいと言って、自分のレコードを
 持って来ているし、野山はショパンのマズルカを聴きたいとフランソワ盤を持って来ているし、名取は
 リヒテルの平均律クラヴィーア曲集の第1巻だけでいいから全曲掛けてほしいと言っているんです」
「いいじゃないか、全部でどのくらいの時間になるんだい」
「そうですねー、ベートーヴェンが約9時間12分、ショパンが約1時間49分、バッハが約2時間1分
 ですね」
「そうか、それなら私が最近興味を持っている、ドワイヤンのメンデルスゾーンの無言歌集全48曲、
 これは約2時間7分だから、全部合わせても15時間9分。だから今日ベートーヴェンを7時間聴いて、
 残りを明日の日曜日に聴くことにすればいいじゃないか」
「そうっすね。......。ところで、ぼくもギレリスのグリーグの叙情小曲集を掛けてほしいんですが...。
 これはたったの約56分です」
「......」

「百田どうだった」
「今日はオペラや声楽曲のレコードを持ち寄るのでなくてよかったね。ショルティ盤の「ニーベルングの指輪」
 全曲約14時間36分やバッハのカンタータを全曲聴きたいと言われたら...」
「言われたら...」
「徹夜で聴き続けないと月曜日の授業に出席できなくなる」
「......」