プチ小説「深夜放送の効用」

秋の夜長、二郎は、その日もABCヤングリクエストでカーペンターズのその曲が
かかるのを待っていた。目覚まし時計を懐中電灯で照らすと午前1時を指していた。
イヤホンを外して静寂の中で耳を澄ますと、2段ベッドの上にいる妹の寝息が聞こえた。
しばらくしてようやく、心待ちにしていた曲が流れ出した。
「しゃらららも、わうわうも何回聞いても、すばらしいな。
 それに今までに聞いたことがないようなすてきな歌い方だな。
 日本の歌には、こんなに心をときめかせる歌はなかった。
 もしかしたら、外国の歌にはこんな曲がいくらでもあるのかもしれない。
 そういえば、おかあさんが勤め先の本屋で面白そうだからと言って、
 「タンゴ」「ムードミュージック」「シャンソン」のEP盤を
 買って来ていたなあ、あれを一度聴いてみよう。でも、ソノシート再生用の
 ポータブルプレーヤーしかないから...。そうだ冬のボーナスが出たら、
 ステレオを買ってもらおう。アンプ、チューナー、プレーヤー一体型の
 ステレオなら、今だいぶ安くなっているというし...」
二郎のひとりごとを聞いて、近くで寝ていた母親が2段ベッドの側にやってきた。
「二郎、あなた何をぶつぶつ言っているの。ゆりえが目を覚ますじゃないの。
 ラジオに夢中になって、成績がこれ以上、下がったら...」
「おかあさん、ごめんなさい。でも、ぼくは...」
「何だい」
「今、仕合わせな出会いをしたんだよ」
「そうなのかい」

12月初旬のある日、二郎は思い切って母親に言ってみた。
「おかあさん、映画音楽全集やクラシックのEP盤もたくさん買ったことだし、
 ボーナスでステレオを買ってくれないかな」
「おかあさんも前からステレオが欲しいと思っていたのよ。だから購入するけど、
 来春からは3年になるんだから、しっかり勉強してね。私立高校に行かせるだけの
 金銭的余裕は家にはないんだから」
「うん、よくわかったよ」

註)1973年の頃の話です。