プチ小説「たこちゃんの垂涎」

マニア、マニアーティコ、マニーというのは、のめり込んでしまって先のことをよく考えないで好きなもの事にお金をつぎ込んで
しまう人のことだけど、いまではぼくも立派なレコードコレクターとなってしまったため、中古レコード店の前を通りかかると
パブロフの犬のように唾液の分泌が激しくなる。よくレコードが入れられている箱のことをえさ箱と言われるが、マニアは
食指を動かすえさ箱が目に入ると条件反射的に口の中が唾液で一杯になる。その中に必ず欲しいと思うものがあるわけでは
ないが、とんとんと音を鳴らしながらレコードの品定めをするのはレコードマニアにとっては三度の飯より優先させたいもの
なのだ。そうは言っても20年以上中古レコード漁りをしていると大概の欲しいものは手に入れてしまうものだ。ただ、
ウラニアのエロイカのような20万円もするレコードや数万円するデッカの高級盤などは手が出ないので高嶺の花として最初から
手に入れることを諦めている(そうはいっても、デッカ、ウェストミンスター、EMI、RCAVictor、グラモフォン、PHILIPS、
COLUMBIAのプレミアム盤の欲しいものはほとんど手に入れたが) 。そういうわけでぼくが涎を垂らしながらえさ箱を覗き込む
ことは余りなくなってしまったが、それは偏に物事に熱中できる時代が過ぎ去ったからなのだろうかと考えてしまうことがある。
そうなるとレコード蒐集に凝ったことは、若気の過ちということになってしまいかねないので、ぼくは耳を塞いで身体を中心に
肘を前後させて、そんなことはないよね楽しい思い出ができたよね、ビクター犬ニッパーくんと思わず言ってしまうのだが。
以前は給料が出ると帰りに中古レコード店に寄り2、3時間かけてレコードを物色したものだが、最近は給料日に中古レコード店
に行くことはなくなった。以前購入したレコードを聴きながら、読書をすることで甘んじているが、今は枯渇している
中古レコードに対する購買意欲を湧き立たせるような「これが必須アイテム1000」だとか「指揮者別ベストスリー」などの
購買意欲をそそるような本が発売されれば、また中古レコード漁りに精を出す日がやって来ると確信している。
駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手はプレミアムグッズを集めているのだろうか。そこにいるから聞いてみよう。
こんにちは」「オウ ブエノスディアス ウステパレセタンホーヴェンコモシエンプレ」「そう、あほは若いとよく言われますね。
ほっといて下さい」「ちゃうねん。勘違いせんといて。こういうことなんや。何かに打ち込んでいると若く見えるんで、あんたはんも
何かに打ち込んでいるのか、きいてみたかったんや」「ぼくは前にも言ったことがあるけど、ものを集めるのが趣味でそれは打ち込ん
でいるというものではないようです。鼻田さんも歌をよく歌われますが、気晴らしと仰っていたように思います」「そうやなーそう
やったな。そこでや、わしらふたりでなにか打ち込めるようなことをやらへんかと思うてな。このままずるずると年取って行くのは
よくないんとちゃうか」「思いつきじゃなかった、良いことを思いつかれましたね。でも、どんなことをしたらよいのかはさっぱり
見当がつきません」「わしは体力がつくことがええように思うんやが、例えばふたりして、わしの車の周りをうさぎ跳びでぐるぐる
回ったり、ふたりで交代でリヤカーごっこをしたりするのもええんやないかと」「そうですね、でも、それを人前でするのはちょっと。
もう少し目立たない方がいいのでは...」「それやったら、人がおる時はスキップで回ることにして人がいなくなったらうさぎ跳びを
することにせえへんか、これやったらまだええやろー」「でも...」「ええか、そうせんと今の世の中わたって行かれへんよ」
と妙に説得力があったので、鼻田さんのあとをスキップで追いかけたのだった。ぶつぶつぶつ...。