プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生88」
「オウ オマエジャナカッタアナタ ヒサシブリね」
小川が大阪に出張するために新幹線に乗り、席に座ろうとすると隣の席のイギリス人らしき人が
声を掛けた。小川はしばらく前に新幹線の車内で会ったことがある、ピーター・オトゥールに似た
人物であることがわかったのは、彼がサングラスを外して握手のために右手を差し出した時だった。
「お久しぶりです。でも、ぼくのことをよく覚えておられましたね」
「ソリャー イギリス人ならイザシラズ、日本人でディケンズに興味ガアルトイウノハ、メズラシイからね。
タイガイは、「クリスマス・キャロル」の文庫本をモッテイルとか、映画「スクルージ(邦題クリスマス
・キャロル)」をミタコトガアルというくらいで...。日本でディケンズ・ファンというのは、マイノリティー
なのデス」
「そうかもしれないですね。でも、ぼくたちには共通の話題があるので、声を掛けやすいというわけだ」
「ソノトオリ。デモ、オマエジャナカッタアナタ イマ 何かディケンズの本を読んでいるのデスカ」
「翻訳されているものは一通り読んでいますが、この前に言ったように、「ニコラス・ニクルビー」
「ドンビー父子」「ハードタイムズ」は邦訳が出ていないので、読んでいません。「ニコラス・ニクルビー」は
この前お会いした時に楽しい作品であると言われていたので、翻訳が出たら、是非、読みたいと思っています」
「ソウカ ソレナラ オマエジャナカッタアナタ イイコトをオシエテあげよう」
「なんですか」
そのイギリス人らしき人は頭上の棚から鞄を下ろして、1冊の本を取り出した。
「サッキ アナタがイッテイタ、Dombey and Son がココニアリマスガ、コレもホントニオモシロい小説です」
「どんなところが、面白いのですか」
「ソウデスネ 一番キョウミがアルノガ、妻や息子が死んでも平然としていたレイケツカンのドンビーが
どのように改心して行くのかデショウカ。ドンビーの娘のフローレンスが誰とケッコンするのかも気になる。
ナニセナカヨシのウォルター・ゲイがドンビーに僻地の支店にオクラレテ、途中船が難破シタアトノ消息ガ
ナイノデスカラ。それからカトル船長やトゥーツ氏のヨウニ興味ブカイ人物もデテキマス」
「そうですか。興味は尽きないのですが、もうすぐ名古屋に着きます。あなたは降りる準備をしないと」
「アア ソレハ大丈夫デス。今日はオオサカまで行きますから」