プチ小説「FM放送の効用」
二郎は父親の冬のボーナスで白馬という名前の付いた、アンプ、チューナー、
プレーヤー一体型のステレオを買ってもらったが、自宅にはレコードが少なく
聞きたい曲が余りなかったので、もっぱらFM放送を聴いた。特にFM大阪の
JOBUアフターヌーンサウンドはゆったりした午後のBGMにぴったりの
洋楽を聞かせてくれるので、平日の午後1時から3時までの番組ではあったが、
時間が許す限り聴いた。今日は月曜日で母親も書店のパート勤務がなかったため、
二郎の側に(今年の夏のボーナスで買った応接4点セットの椅子に)腰掛け
一緒にその放送を聞いていた。
母親は、ソファに横になっている息子に話し掛けた。
「この曲、いい曲ね。なんていう曲なの」
「蒼いノクターンという曲さ。フランスのポール・モーリア楽団が演奏して
いるんだ。他にも涙のトッカータ、エーゲ海の真珠、恋はみずいろなども…」
「そう、機会があれば聞かせてほしいな。おかあさんはシャンソンが好きな
のよ。枯葉、パリ祭、オーシャンゼリゼ、パリの空の下、ラ・メールって、
二郎、知っている」
「全部、家にあるレコードに入っているね。おかあさんが勤務先の書店でいろ
んなレコードを買って来てくれるから、時々聞くけど、やっぱり自分でレコードを
買いたいな。そうだまずはポール・モーリアのアルバムがほしいな。それから…」
「二郎、あなたが小学生の時に買ったレコード、それはあなたが初めて買った
レコードなんだけど、を覚えている」
「確か、ラブユー東京だったかな」
「あなたはそのレコードを携帯用レコードプレーヤーで聞きながら、一緒に
歌っていた。あなただけが生き甲斐なの…って。おかあさんはひとつのことに
のめり込みやすいあなたの性格を知っているから、少し方向付けする必要を
感じたの。それでしばらくは…」
「おかあさん、よくわかったよ。しばらくはFM放送で我慢して、レコードは
高校生になってから、小遣いをためて買うよ」
註)これは1974年頃のお話です。