プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生90」
小川が出張の仕事を終え出身大学の図書館に寄り、 京都から自宅に帰って来た時には午後10時を
過ぎていた。玄関の呼び鈴を鳴らすと桃香が玄関のドアを開けた。
「おや、おかあさんはどうしたの。それに深美は...」
「おかあさんとおねえちゃんはいま病院なの。さっきまでおとうさんが帰って来るのを待っていたけど、
なかなか帰って来ないから...」
「そうか、すまなかったね。で、どうしたんだい」
「おねえちゃん、家にある薬で風邪を治そうとしたんだけれど、熱が9度にもなったからお医者さんに
かからないといけないわとおかあさんが言ってた」
「そうか、きのう電話くらい入れとけばよかったな。いつもの病院に行くって言っていたのかな」
「そうよ。でも、おかあさんはおとうさんと一緒に家にいるようにって言っていたわ」
秋子と深美が帰宅したのは、午後11時を回っていた。秋子は深美と桃香を寝かしつけると小川の横に
腰掛けた。
「きのう、電話するべきだったね。朝食のとき体調が悪そうだった。それにこんなに遅くなってしまって」
「そうね、でもわたしたち4人で力を合わせて精一杯やっていくしかないわけだから、仕方ないわよ。
気にしないで。それに最近深美とは話す機会が少なくて。側にいてやれるいい機会ができたと思って
いるわ。家にいる時もわたしたちと一緒にいないで、机にすわってなにかやっているのよ」
「なにをしているのかな」
「どうやら、画用紙に鍵盤の絵を描いてピアノの練習をしているようなの」
「なんでそんなことを。ピアノなら書斎にあるじゃないか」
「まだ小学校2年生だから手も小さいし、人に聞かせる程うまくないと思っているみたい。わたしも
小さい頃は画用紙のピアノで練習したものだから、懐かしいわ。わたしがその話をしたらすぐに
画用紙に自分で鍵盤を書いて...。でも、アユミさんの指導でかなり上達しているようだから、そのうち
わたしたちの前で演奏してくれるようになると思うわ。それから桃香の方はわたしと同じクラリネットを
中学校に入ったら習わせるつもりよ。そのためにはこれからのふたりの教育のための費用なんかも考えて
行かないとだめだわ...」
「そうだなー、これからしばらくは趣味の費用も削らないといけないな。しばらくは公立図書館通いでも
しようかな」