プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生93」
小川は以前から何度か公立図書館を訪れたことがあったが、小川が求めているディケンズの訳書はやはり
都立図書館に行かないと読めないと思っていた。実際、はじめて「互いの友」(田辺洋子訳)を読んだのは
都立多摩図書館だった。しかし多くの図書館は貸し出しできるのが2〜3週間でその間に2段で500ページ
以上(しかも2巻)ある「互いの友」を読んでしまうことは、遅読の自分にはできないことと思っていた。
それからしばらくして、幸運にも古本屋で「互いの友」を入手した時には、これでやっと好きな時に好きなだけ
読めると思って小躍りして喜んだものだった。
<もう少ししたら、「ドンビー父子」「ニコラス・ニクルビー」「ハードタイムズ」の訳が出るということだし、
「互いの友」のように書店で見掛けないこともあるから、これからしばらくは定期的にここに来て入っていないか
確認した方がいいだろう。でも「互いの友」のようにハードカバーでページ数が多い本だったら、借りて読むのは
大変かもしれない。高価な本を自宅や好きなところで読めるというのは、ある意味贅沢なことだと思う。
今日、調べたところではディケンズ先生の新訳は入っていないからあきらめることにして、しばらくは読まずにいた、
「二都物語」(佐々木直次郎訳)を読むことにしよう。以前読んだ、中野好夫訳と比較するのも面白いかもしれないし。
せっかく来たんだから、少し書棚を見てみるかな>
小川は英米文学、フランス文学、ドイツ文学、ロシア文学それから全集が置かれている棚などを見て回ったが、
5冊の本を手に取ると閲覧用のテーブルに腰掛け、順番に中身を見て行った。
<ぼくはどちらかと言えば、読解力がある方とは言えないだろう。スタンダールやフランスの詩人の作品は歯が立たない。
大衆小説家と言われる、アレクサンドル・デュマの作品は面白いと思うがサービス精神が行き過ぎていて閉口する
ことがある。ゲーテの「ファウスト」は読めそうもないと思っているが、「ウィルヘルム・マイステル」は
一度は読んでみたいと思っている。ロシア文学はわかりやすい訳文なので一通り読んだけど「アンナ・カレーニナ」を
まだ読んでいないから読んでみたい気もするなあ。トルストイ、ドストエフスキー、ゲーテ、プルーストの全集が
出ているのに、ディケンズ先生の全集がなぜないのかなあ。それとここにある、「バーナビー・ラッジ」「荒涼館」
「リトル・ドリット」なんかは小池滋さんの名訳が光る作品なので、誰でもが気軽に読めるようになればよいと思うの
だけれど...。「荒涼館」「リトル・ドリット」は一時文庫本で出ていた記憶はあるけれど...。ううっ、どうもこういう
ところに来ると居眠りしたくなるなぁ。両腕で円を作って、そのままテーブルに伏せて。これでよし。すやすやすや>
小川が眠りにつくと夢の中にディケンズ先生が現れた。
「小川君、やっと「二都物語」を読む気になったようだね」
「そうですね。「二都物語」は学生時代と今から3、4年前の2度読んだことがあるのですが、結末が余りにも悲しいので、
せっかく、佐々木直次郎訳を購入したのですが、読めないでいたのでした」
「確かにシドニー・カートンは気の毒だが、小川君なら結末だけを楽しみにするということはないだろう」
「そうですね、それにじっくり読めば、興味深い登場人物もいるかもしれないし」
「そのとおりだよ」