プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生95」

「アマチュアの小説研究家ですか。うーん、とにかく話が長くなりそうなので外に出ませんか。えーと、
 私は、小川というものですが...」
「ぼくは、相川と言います。よろしく」
そう言って、相川は満面の笑みを浮かべて、小川の右手を両手で掴んで上下に振った。

ふたりは図書館の近くの喫茶店に入り、珈琲を注文した。
「ぼくはあなたのような方を待ち望んでいたんですよ」
「そんな大袈裟な。初対面の人にそんなことを言うと警戒されますよ。それにぼくはただの西洋文学、なかんずく
 ディケンズの小説のファンなのですが、他の人より少しだけ本を読んでいるというだけですよ」
「いえいえ、その西洋文学の本を買おうにも最近は文学全集が本屋の店頭からほとんどなくなり、文庫本しか
 置かなくなった。大きな書店でも全集の置かれた棚がなくなりつつある。そんな昨今であるのにあなたはかなり
 外国文学をお読みのようだ。そういう方と文学談義をするだけでなく、ぼくの研究成果をきいてもらえればと
 思ったのですよ」
「小説研究の成果ですか」
「そうです。ぼくがわざわざアマチュアといったのは学者として小説を研究するのではなく趣味として小説を研究する
 ということです。例えば、アマチュア天文家の中には、天体望遠鏡の製作に凝る人もいれば、月の写真撮影に凝る人
 もいる。また天文に関する幅広い知識(星座、星雲・星団や惑星など)を習得することに喜びを見いだす人もいる。
 ぼくの場合、ある文豪の略歴から始まって、歴史的背景、作品の内容、社会的影響などを研究するのではなく、小説
 そのものについて研究してきたのです」
「面白そうですね。でも小説そのものと言われますが、一体何を研究されたのですか...」
小川は笑顔で先を促したが、相手が笑顔で鞄から大学ノートを5冊いっぺんに出したので、腰を抜かしかけた。
「今日は簡単に済ませますが、一言で言うと「面白い小説ってどんなんだろう」ということですね」
「それは、ユーモアがある小説ということですか」
「いいえ、読者が興味を持って最後まで読める小説を指します。そのためには、まずわかりやすいこと、小説技巧が
 優れていること(これについてはおいおい説明して行きますが)、ストーリーが面白いことなどが考えられますが、
 ぼくは、小説技巧についてあれこれ考えては、それに基づいた短い小説を書いているのです。先程、ご指摘のあった
 原稿用紙はその短い小説を書くためのものです」
「でも、小説技巧と言われてもわかりにくいですね。それって具体的にはどんなのですか」
「例えば、直接話法と間接話法の使い分け、感情を表す助動詞の効果的な使い方、外国語を含めた多彩な言葉の使用によって
 文章を引き立たせること、登場人物を際立たせる方法、シチュエーションの設定のために必要なこと、感動的な台詞とは
 どんなかなどですね」
「一度に全部は勿体ないので、どれかひとつを掻い摘んで説明していただければありがたいのですが」
「もちろん、よろこんで」