プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生99」

小川はいつもの喫茶店で「二都物語」の上巻を読み終えて、一息ついた。
<「二都物語」は以前にも読んだことがあったなぁ。フランス革命の頃の物語であるけれど、登場人物はすべて
 ディケンズ先生が創造したもので、やはり主人公は、チャールズ・ダーニーの身代わりになって、最後に
 断頭台で処刑されてしまうシドニー・カートンだろう。カートンは主人公であるが、上司のストライヴァーに
 比べて風采の上がらない弁護士なんだ。それがある日、チャールズ・ダーニーの裁判で勝利を勝ち取り、
 ダーニーやマネット父娘と親しくなり、ルーシー・マネットに恋心を抱くようになる。その後いくつかの印象的な
 シーンでカートンはルーシーと会話を交わしルーシーへの熱い思いを募らせて行くが、ルーシーがダーニーを
 愛する気持ちが変わらないことを知り、最後は愛する人のために死刑を宣告された護送中のダーニーと入れ替わる。
 ぼくも一時秋子さんが幸せになるのなら、自分の幸せばかりを追わないようにしようと考えたこともあったが...。
 そのような考えをするべきでないと諭してくれたのは、ディケンズ先生だったんだ。カートンが自分の人生に失望して
 身代わりで処刑になる話と考えるとただの悲しい話ということになるが、愛する人のために自分の命も惜しまずに
 英雄的な行為を行ったというふうにも考えられる。どちらなのかは、もう少し読んで行くとはっきりしてくるだろう。
 もうこんな時間か。それはそうと今日は秋子さんの誕生日だった。早く仕事を終えて帰って、日頃の感謝の気持ちを
 伝えないと>

小川が仕事を終えて帰宅すると、娘二人が迎えた。
「おとうさん、お帰りなさい。今日はおかあさんの誕生日だけれど、おとうさんへの日頃の感謝もしたいの」
「わたしは違うの。おとうさんもおかあさんもアユミ先生もごしゅじんもぜーんぶ感謝したいから、今日は来てもらったの」
「そうかい、それならきっと賑やかな誕生会になるだろう。ほんとだ、アユミさんもご主人もいる。こんばんは」
「こんばんは。実はこうしてウイークデーの夜なのにお伺いしたのはもう一つの理由があるのです」
「それはまた年末にどこかにいこうということですか」
「まさか、まだ9月なのでそれは早すぎます」
「じゃー、なにかな」
「それじゃー。私からお話しするわ。ご主人が近くもう一度ヴィオロンでのライヴを考えておられるのだけれど、
 今度は小川さんにもなにか楽器をやってもらったらということになったの。そうすれば家族全員で演奏をしたという
 ことで記念になると思うのよ」
「ぼくはいいけど、なにができるのかな」
「それはみんなで考えましょ。難しく考えないで、参加することに意義があるんだから」
「そうだね」