プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生100」

秋子の誕生会が終わり小川と秋子がリビングのテーブルで向かい合ったのは、午後10時近くだった。
「こうして誕生日を祝ってもらえるのはほんとに有難いことだわ。それにアユミさんたちが来てくれたから、賑やかでよかった。
 子供たちも楽しそうだった...。でも...」
「どうかしたの」
「わたし、今日の誕生会で一番うれしかったのは、小川さんが今度のヴィオロンのライヴに楽器を持って参加してくれるって言って
 くれたことなの」
「そりゃー、秋子さんから強い希望があればなんでもするさ」
「そうかしら。練習もしなければならないし貴重な時間を削らなければならないし、小川さんはひとりで行動することが多いから、
 みんなでなにかしようと言ったら、例えば、小説を書かなければならないからだとか、休日はクラシック音楽を聴いてゆっくり
 したいと言って、断るんじゃないかと思っていたの」
「確かに秋子さんの言う通りだよ。それじゃーなぜ断らなかったかということなんだけれど、それは...」
「きっと、ディケンズ先生の小説からの...」
「そうなんだ、うまく言えないが、今読んでいる「二都物語」には、シドニー・カートンとチャールズ・ダーニーという人物が
 出て来るが、後者はルーシー・マネットと結ばれて幸福な未来が待っている。前者はルーシーからの愛が得られずに落胆する
 ことになる。ぼくは幸いにも、ダーニーのように君というすばらしい伴侶を得た。ただ人の心は移ろいやすいものだから、
 長い人生を乗り切って行くためには、いくつかのことが必要になって来ると思うんだ。ひとつは一緒に楽しい時間を過ごせる
 何かを持つこと。ひとつは相手の要望をできるだけ受け入れること。ひとつは助け合うことで感謝の気持ちを互いに高めて
 行くこと、それともうひとつはお互いに愛していることが認識できる機会を作ること...」
「なんだか難しい話ね。でも、なんとなくわかるわ。それじぁー、そうして一緒に長い人生を乗り切って行きましょうね」
「こちらこそ、今後ともよろしく頼むよ」

その夜、小川が書斎で眠りにつくとディケンズ先生が夢の中に現れた。
「誕生日を祝ってもらえるというのは有難いことだ。わたしも国民的作家として多くの人たちからお祝いの言葉をいただいた
 ものだった。だがこの世から離れてしまうと大雑把な年齢の数え方になる。生誕100年とかいう数え方に。わたしは今、
 187才だから、あと12年余りで200才になる。そうしたら、なにか祝事をしてほしいと思うのだが...」
「先生ほどの方なら、イギリスだけでなく世界中で記念行事なんかがあると思いますよ。きっと」
「わたしは、友人である小川君に尋ねているんだ。なにか記念になることをしてくれるかな」
「そうですね。まだまだ時間があることですから、じっくり考えて、ご期待に添えるようにします」
「そうか、楽しみにしているよ」