プチ小説「たこちゃんの弱点」
ウィークポイント、プントデビル、シュベッへというのは弱点のことだけれど、ぼくにはあまたの弱点がある。
論理的思考ができないこと、勝負事に弱いこと、お酒が飲めないこと、女の人に冷たくされると(あるいは
そのように思い込んでしまうと)走って逃げ出し帰って来なくなること、手先が不器用なこと、顔が不細工なことなど
があるが、社会生活を平穏にやっていくためには、勝負事、お酒、女性に興味が持てない(いや、持つことが
できない)というのは致命的とも言える。とはいうものの、そのおかげで博打で大損して生活が苦しくなったり
しなかったし、お酒で人に迷惑をかけたり健康を害したりしなかったし、女性にもてないため趣味に専念できた
という考え方もできるから、ぼくのように弱点だらけの人もプラス思考で世の中を乗り切って行ってほしいと思う。
ただ論理的思考ができないというのはほんとに困ったもので、その根本にあるのは数学がまったくできないことだが、
高校時代に数学をもっと勉強していればきちんとした思考ができて的外れなことをしないですんだかもしれない。でも
自然科学などの理系の思考が苦手だった(いやはっきり言って、全然できなかった)ため、人文科学や社会科学に
興味を持つようになった。どっちを取ろうかということになれば迷いも生じるが、ぼくの場合、数学がまったく
できないという前提があったので、極めて行く学問も範囲が限られた。そうして大学に入ってからは、法律学以外に
文学や語学の勉強に勤しんだが、それらは何らかの形で生活のヒントになっている。だから今では数学をしなかったので
効率的に知識を仕入れることができてよかったと思っている。また手先が器用でないので機械工作に熱中したりすることが
なかったし、顔が不細工なのでメイクアップに時間をかけたりする必要がなく限られた時間を有効に使えたと思っている。
そんなわけで今から思えば脇目も振らずに自分の好きなことをやって来れたように自分では思うのだが、傍目から見て
いるととても危なっかしくて見ていられないような、独りよがりの人生を歩んでいるのかもしれない。駅前でいつも客待ちを
しているスキンヘッドのタクシー運転手には弱点があるのだろうか。そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」
「オウ ブエノスディアス メドゥエレエルコラソン」「どうしたのですか、お加減が悪いのですか」「そうやねん、
今朝から体調が悪うてな。やっぱり愛しい人のことを思うと胸が張り裂けそうになるんやね」「でも、鼻田さんには
奥さんも娘さんもおられるんでしょ」「なにゆうてるん、目の前に美しい人がおったら、仲良うなりたいと思うのんは
人情というもんや。そんなことわからへんの」「そうは言いますが、今の時代一方的に男性が女性に迫って行くと
いろいろなお咎めがあったりします」「そんなんゆうて、遠慮ばっかりしてたら一生を棒に振ってしまうで」「でも...」
「そんなことゆうてるから、いつまでたっても一人もんなんや。ええこと教えたるから、一回試してみてみ」
「なんですか、それは」「ええか、女の子と話していて、言葉に詰まったら...」「言葉に詰まったら...」「正直な感情を
表すのが一番ええんや。えーか、こう言うんやで、「おひまならきてよね。わたしさみしいのー」どうや、わかったか」
そう言って、鼻田さんは、「ちょっと、トイレ行ってくるわ」と言って向かいの喫茶店に胸を張って入って行ったんだった。
ぶつぶつぶつ...。