プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生101」
小川は、1ヶ月ぶりに都立多摩図書館を訪れた。1ヶ月前に再会を約束した相川と会うためだったが、
約束していた通りに午後1時に玄関前まで来ると既に相川はやって来ていた。図書館の中で「面白い
小説ってどんなんだろう」の講義をするのは、他の人の迷惑になると相川が言ったので、前の時にも
入った喫茶店に入り、小川が相川の講義を受けることになった。二人が向かい合わせに腰掛けると、
相川は、それじゃー、始めますかと言った。
「前回、お話したようにいくつかの講義をすることができますが、特にご希望がなければ、今日は、
「直接話法と間接話法の使い分け」についてお話させていただきましょう」
「ぼくは生徒なので、講義について注文を出すつもりはありません。それに前回の講義からすると
例文を集めてひとつの短編小説を作ろうとされているように思いますから、ご随意になさって下さい」
「ありがとうございます。それでは、「直接話法と間接話法の使い分け」について話をさせていただこうと
思います。この話法の使い分けというのを私が意識し始めたのも、高校の英文法の授業でで、それまでは
会話というものは、「」でくくられるものと考えていたのでした。そして心の中で考えたこと、つぶやき、
ひとりごとなどが間接話法のように「」なしで表記されると考えたのでした。例えば、こんなにきれいな
心と容姿を持った女性に出会ったことは今までになかったと彼は呟いた。という表現は一般的な表現の
ように思いますが、いいえ、そんなことはないの。私はいつまでもあなたのそばにいるわと彼女は言った。
というのは間接話法にするのは難しいように思います。ここには2つの問題点があるのですが、おわかり
でしょうか。ひとつは複数の文があること、もうひとつは私と言っていることです。間接話法が使いにくい
理由のひとつとして、直接話法と違って人称を考えるか、自分という言葉を使わなければならないという
ルールがあり、このことが小説に使われることがあまりない理由だとも言えますが、「」で延々と会話が
続くよりも、間接話法の短い文章を間に入れることで、変化を持たせて単調になることを避けることができると
思います。ちなみに先程の例文を無理に間接話法で書くとすると、自分はいつもあなたのそばにいるわと
彼の話をさえぎって言った(否定した)となるでしょうか。それでは例文を盛り込んだ小説を書いてみましょう。
『今日、会えないかなと彼は彼女に初めての電話を入れた。彼は昔気質の人間だったので、大切なことは手紙で
やりとりをして来た。それでも彼女を失いたくないと考えたため、彼は今までの考えを改めた。彼女は言った。
「あなた、それはあんまりよ。私は次の日曜日に、他の男性と結婚するのよ。それというのもあなたが」
「ぼくが悪かったんだ、君の気持ちをわかってあげられないで。でも僕の気持ちは初めて君と出会った時から
ずっと同じだよ」「でも、もう遅いのよ。なぜもう少し早くその一言を言ってくれなかったの」「それは、
二人の間に距離ができても君の気持ちが変わらないのなら、これからもやっていけると思って、君からの
便りを待っていたんだ」うそばっかりと涙声で彼女は電話を切った』
いかがですか、平板な会話文の羅列に少し変化ができたと思うのですが、いかがでしょうか」
「確かにあなたのおっしゃる通りですが、小説のストーリーは少し強引ですね」
「......。すみません」