プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生102」
小川が席を立とうとすると、相川は、もう少し講義を続けてもいいですかと言った。
小川は、
「相川さんの講義は楽しいので、何時間でもおつき合いしたいところですが...。でも、もうひとつくらいなら」
と言って先を促した。
「それでは、続けさせていただきます。次にお聞きいただくのは、「登場人物を際立たせる方法」についてです。
小川さんは、小説において、一人で話すこと、つまり独白と二人の対話ではどちらにより興味を持って読まれますか」
「そりゃー、もちろん対話ですね。多分次はそれ以上の人数ならどうですかと尋ねられると思いますが、やはり対話です」
「さすが、小川さん、なにもかもお見通しのようですね。そうです小説のもっとも面白いところは、興味深い登場人物の
対話なのです。ディケンズの素晴らしいところは、この緊迫したデュオローグを何も主役だけに限らず、脇役同士の
会話でもしばしばさせています。そうすることで、脇役にも主役のように存在感を持たせることができるのです。
もちろんその会話の内容がつまらなければ仕方がないのですが、ディケンズの場合、脇役同士の会話にも興味を持たせる
ように主役クラスの興味深い人物と先に会話をさせるのです。ディケンズの小説のなかで最も興味深い対話はやはり
「大いなる遺産」のピップとジョーの対話でしょう。この二人の対話がリアリティーがあり興味深いだけでなく、至る所に
出て来る、親子の愛情ほど深くないけれど友情よりはずっと深い奇妙な情愛を感じさせる二人の対話は、読者を二人の心の
動きに共鳴させ物語の興味をさらに高めることを可能にしています。ですから、結論を言えば、登場人物を際立たせるには、
単に広場に人を集めて一度に話をさせるという方法(もちろんこれは極端な表現ですが)よりも、場所を設定して対話させる
ということを繰り返すことによって対話をした人物に興味を持たせてゆき、最後には登場人物の多くに興味を持たせる方法
が勝っていると思うのです」
「こりゃー、小説の続きが楽しみだぞ」
「では対話を盛り込んだ小説を書いてみましょう。『「おい、最近元気ないな。山田から、故郷に残して来た彼女がきみの知ら
ない人と結婚するって聞いたけれど...」「そうなんです。今すぐ国に帰って彼女を引き止めたいのですが、なにせ今仕事が
忙しくて身動きが取れないんです」「よーし、それじゃーこうしよう。君の仕事を全て引き受けるから、昼ご飯を食べたらすぐに
故郷に帰るんだ」「でも、課長」「なに、君がいなくても大丈夫さ」「課長、お気持ちはうれしいのですが、そう言われると
少し不安です」「じゃー言い直そう。他にも優秀な部下はたくさんいるのだから」「そう言われるともっと不安になりました」
「ははは、気にするな。今の君は仕事よりもっと大切なものがあるのだから、そっちの方で頑張りたまえ」「とても行く気に
なれません」「じゃあ、やめとけ。ぼくは君のためを思って遠慮なしに言っているだけだが、それを気にしているようでは
今後も捨て身で彼女を守ることはできないだろう...」「いいえ、昼ご飯などと言わないで今すぐいきます」「みなおしたぞ」』
いかがですか、二人の登場人物に興味を持っていただけたでしょうか」
「ぼくは彼女との対話を期待していたのですが...。でも、直情径行の課長も興味深い登場人物ですね。それにしても...」
「なんですか...」
「とっても強引だと思います」
「......。では、本日の講義はこれまで」