プチ小説「たこちゃんの能力」

キャパシティー、カパジテート、カパシダーというのは能力のことだけれど、 学力、知力、体力、気力、応用力の
ないぼくは、いつも工夫を凝らして自分なりに魅力のある人間になろうと骨を折って来た。それをあすなろの木の
説話になぞって、井上靖さんは「あすなろ物語」を書かれたが、ぼくの場合、好物のカニ蒲鉾になぞって、明日は
カニになろうとしてカニになれなかったカニ蒲鉾のように、最初からまったく可能性がないと言われながらも
(自分で思いながらも)その道の権威に一歩でも近づこうと日々精進して来た。語学にしても、イギリス文学にしても 、
クラシック音楽にしても、アマチュアの研究者として何か少しでも人類の未来のためにお役に立てればよいと考えて来た。
そうは言うものの、今のところ挫折がずっと続いている。語学についてはやはり発音のネックがとても大きい。そんな
ことから早々と英語には見切りをつけて、発音についてうるさく言わないドイツ語やスペイン語に活路を見出そうとしたが、
スペイン語には男性名詞と女性名詞、ドイツ語にはそれに加えて中性名詞があり、動詞の語尾変化もややこしいので、
今では何とかスペイン語の日常会話ができるくらいになれればと思っている。イギリス文学については岩波文庫や新潮文庫
をたくさん読んだが、研究の成果は現れていない。デフォー、スイフト、フィールディング、スターン、リチャードソン等、
18世紀に活躍した小説家を一括りにして研究したり、女流小説家の先駆けであるオースティンについて調べてみたり、
イギリスの国民的作家と言われているディケンズについて調査してみたい気がするが、資料集めをするだけが精一杯で
纏めることも儘ならないような気がする。クラシック音楽については以前、自分が愛聴しているレコードをピックアップして
それにまつわる話を徒然に書いていたが、なかなか目標とする250曲に達しないのでそのままになっている。
駅前でいつも客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手には何か人より秀でた能力があるとか、こっそりと研究して
いることがあるのだろうか。そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス クワンドエストイ
コンウステ、シエンプレメディビエルト」「そう言われるとうれしいのですが、なにかわけがあるのですか」「もう忘れ
たんか。この前、第九の歌詞を教えてくれたから、練習が楽しゅーて...。そやけどな、なかなか他の人の音程に合わせる
のは難しい。まあ、ぼちぼちやっていかなしゃーないわ。ところでぼくになにかききたいことがあるのん」「じつは
そう思っていたんですが、鼻田さんは、これは誰にも負けないという自慢できることはありますか。また将来世間を
あっと言わせるような研究をされていますか」「そうやなー、だれにも負けないというのやったら、どこでもすぐに
眠れることかな」「ははは、そうですか。それはすばらしいですね」「なにがすばらしいんじゃ。おまえなめとるやろ。
自慢できることは大したことないが、研究していることは凄いねんでー。よう聞きや」「はい、心して聞くことにします」
「そのためにぼくはいつもそこの喫茶店で新聞を熟読しとるんや。サンスポ、日刊スポーツ、デイリー、スポニチ...」
「あのー、なんとなくわかったので、答えは聞かなくてもよいと思うのですが...」とぼくがいうと鼻田さんは、
やっぱりわかるわなと言って頭を掻いていたのだった。ぶつぶつぶつ...。