プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生103」

小川はいつもの喫茶店で「二都物語」を読んでいたが、時計を見るとお昼近くになっていた。
<昨日の帰宅が午前様になりここに来たのが午前10時を回っていたから、中巻を読み終えることは
 できそうもないな。でもこの「二都物語」は歴史小説のカテゴリーに入るためか、「バーナビー・ラッジ」
 と同様にディケンズ先生が得意とするユーモラスな人物が影を潜めている。あえて言うなら、第2巻第14章
 に出て来る、クランチャー一家が登場するところが面白いと言えるだろうか。そうは言っても昼間はテルソン銀行の
 門番兼使い走りをしている「実直な商売人」と自称するジェレマイア・クランチャー氏は、深夜になると死体を掘り
 出して医師に売る商売をしているのだから...。この章は、息子のジェリー・クランチャー(小ジェリー)の目を通して
 描いていて、ある日、小ジェリーは、父親の実直な商売の技術や秘訣を学びたいと、深夜に金梃、綱、鎖を身につけた
 父親の後を追う。そう言えば一緒に「死体泥棒」をする男が増えるところで、面白い表現が出て来るんだ。「2人目の
 釣り師の體が突然に割れて2つになった」と書かれていて、そのあたりから驚々しい場面が連続して行く。そうして
 教会墓地のシーンでは、「すべての墓石は白衣の幽霊のようにそれを眺めていた」「教会の塔までが恐ろしい巨大な
 幽霊のようにそれを眺めていた」と書かれ、さらに恐怖心を煽って行く。父親が熱心に仕事をしているのを小ジェリーは
 怖いのを我慢して見ていたが、父親が棺桶をこじ開けようとするのを見て逃げ出す。その後が、小ジェリーの恐怖の極地
 なんだろうが、棺桶が狭い方を下にして「ぴょんぴょん跳んで来たり」「片腕を掴んでぴょんぴょん跳んで走りそう
 だったり」して、「絶えず背後からぴょんぴょん跳んで追いかけて近づいて来るの」を感じながら家に帰り着く。
 ディケンズ先生は、「クリスマス・キャロル」で精霊を登場させ、スクルージが改心するのを助けている。
 他にも、短篇小説や「ピクウィック・クラブ」の中の短篇小説で幽霊や悪魔が登場しているが、ディケンズ先生が
 描く幽霊はどこか人間味があって親しみを感じさせるところがあるなぁ。そんなことを考えていると眠たくなって来た」

小川が眠りにつくと夢の中にディケンズ先生が現れたが、いつもと違って小川から話し掛けた。
「先生、以前から疑問に思っていたことを今日は訊きたくて...」
「何かね。私が答えられるようなことだといいが...」
「先生の小説に登場するような、亡霊、幽霊、精霊、悪魔というのは実在するのでしょうか」
「そりゃー、どうかな」
「じゃー、信じていないんですね」
「そうとも言えるが...」
「それじゃー、実在するということですね」
「まあ実のところ、そのことに白黒つける必要があると私は思わない。マーレーの亡霊が現れて、守銭奴の人を
 慈善家に変えさせると思えば、心のわだかまりが少しは晴れる人が出て来るだろう。超自然の力が働いて、
 とても解決しないようなことが解決する。そのことを普通の人間にさせるのが無理なら、ものすごい力を発揮して
 問題解決に当たるのは、別に人間でなくてもいいだろう」