プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生4」
小川が大学の図書館で最近古書店で購入した「バーナビー・ラッジ」の313ベージの群衆の
シーンを読んでいると、春先の陽気とよく効いた暖房のおかげか強い眠気に襲われ、いつしか
夢の世界へと引き込まれて行った。
夢の中では、写真で見たことがあるビッグベンらしきものが見えた。しばらくして黒い服を着た
口の周りに髭のある男性が何人かいるのを認め、さらに三々五々同じ場所に集まって来るのが
見えた。しばらくすると集まりが集団となり群衆となった。そして大群衆となったが、小川が
それよりも驚いたのは、みんながみんなディケンズ先生の顔をしていたからだった。小川が
驚愕の顔で見ていると、その中のひとりが小川に気付き指差した。やがてそこにいるディケンズ
先生の群衆は好意的なほほえみを見せたかと思うと、いつの間にか小川を取り囲み頭の上に
持ち上げた。小川は思わず、叫んだ。
「小説の中では、子供が帽子や頭の上を歩いたという話や群衆の中に投げ込まれた籠が頭から
頭へ、肩から肩へ転がり回ったりしながら、一度も下に落ちたり地面に着くことなく、見えなく
なってしまったと書かれていたが、これから僕はどうなるんだろう」
そう独り言をつぶやくとディケンズ先生の中のひとりがほほえんで話した。
「若者よ、恐れることはない。ただ、私たちは君の就職と卒業の祝いをしに来ただけだよ。少し
手荒いかもしれないが、今からみんなで君の胴上げをしようと思う。4年間よく頑張ったね。
社会人になってからも、私の小説をよろしく頼むよ」
「わかりました。でも、胴上げされて落下して床の上で気が付くというのは、なんとか避けたい
のですが...」
「うーむ、そうか、それなら少し協議しよう」
小川の下にいたディケンズ先生の何人かが持ち場を離れて(その間、別のディケンズ先生が代わりに
そこに入った)協議をしていたが、やがて戻って来て小川に、
「方針が決まったから、君はもう起きていいよ。みんな小川君を胴上げするぞ。これからも頑張れよ」
そう言うと仲間とともに一緒に胴上げを始めた。と同時に、小川は頭、肩、背中、尻などに圧迫感を
感じ始めた。
しばらくして小川が目覚めると器用に3つの椅子の上に横になっていた。周りに人がおらず
誰も小川の奇行に気付いたものがいなかったので、すばやくそこに起き直り、
「ディケンズ先生、ありがとうございました」
と言って、一礼してから図書館を後にした。