プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生105」
相川は小川に名残惜しそうに言った。
「ご自宅でお祝い事があるのなら仕方ないですね。それじゃあ、また多摩図書館でお会いしましょう」
「そうですね。楽しみにしていますよ」
相川と別れて、駅への道すがら小川は独り言を言った。
「本当のところは家族サービスなんだけれど、それじゃあ相川さんのお誘いを断り切れないと思った。それにご一緒して、
相川さんが古書街で高額の本を購入するところを見たら、きっとぼくも何か買ってしまうだろう。それは避けたいところだ」
小川が家に帰って、呼び鈴を押すとアユミが出て来た。
「ア、アユミさんっ」
「あんた、今までなにしていたの。他のメンバーは1時間前から来ているのに」
「喫茶店で本を読んでいたんでしょう。でも、おとうさん、本を読むのはおかあさんがいいって言っているけれど、
高い本を買うのは家計を逼迫させるからやめてね」
「わたしはちがうの。さいきん、おとうさん、図書館で本好きのおじさんとなかよくするから、一緒に遊ぶ時間が
なくなってしまってさみしいわ」
「そうかい、ごめんよ。でもこれからは心行くまでみんなとおつき合いするから...。ところで秋子さん、どうしたの。
クラリネットを2つも持って」
「これは小川さんが吹くのよ」
「えーっ。ぼくは太鼓をたたくだけだと思っていたよ」
「まっ、似たようなものよ。旋律は吹かないで、リズム楽器として使うんだから」
「そうなのか」
小川が腰を下ろすとアユミの夫が話し出した。
「それじゃあ、これでメンバーがそろったので、今度みんなで演奏するコンサートについて説明しましょう。
今回は、小川さん、きみたちのお父さんも参加してくれるんだから、頑張ってね」
「はーい」
「で、指導する立場にある私としては、2回目のコンサートは1回目よりもハイレベルなものをしようと考えています。
ですから、今回、小川さんはクラリネットでリズムを刻んでもらうだけにしますが、次回はメロディーを吹いてもらいます」
「先生、質問があります。クラリネット初心者の私が今から練習して、クラリネットでリズムを刻めるようになれるんでしょうか」
「大丈夫です。まずはまともに音が出せるように1ヶ月頑張って下さい。その後、あとでお渡しする楽譜の練習をして下さい。
練習に行き詰まったら、秋子さんに指導を仰いで下さい。ところで今回は深美ちゃんにピアノ演奏をしてもらいましょう。
演奏するのは、モーツァルトのピアノ・ソナタ第15番の第1楽章です。桃香ちゃんには、モーツァルトのハレルヤを歌って
もらいましょう。そう、「オーケストラの少女」でディアナ・ダービンが歌うあれですね」
「ち、ちょっと、それは難しくないですか」
「気にしない、気にしない。鬼コーチのアユミが、時にはあめ玉を見せながらしっかり指導しますので」
「そうですか。それじゃあ、ぼくも頑張らないといけないなぁ」
「なに言っているの、あなた次第ですべてが決まるのよ」
「......」