プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生108」

小川と相川が都立多摩図書館前の喫茶店に入ると、奥の方にある4人掛けのテーブルが空いていたのでそこに腰掛けた。
相川は準備が整うと小川に話し掛けた。
「それでは長丁場の講義になりますが、よろしくおつき合い下さい。まず最初は、「外国語を含めた多彩な言葉に
 よって文章を引き立たせること」についてお話したいと思います。ここで私が言いたいのは外国語を文章の中で
 効果的に使えば、文章に輝きを与えることができますということですが、無闇に外国語を挿入することがよいと
 言っているわけではありません。また日本語で書かれた文章の中に無理矢理に入れると違和感が生じて雰囲気を
 台無しにしてしまうということもしばしば生じることです。ただ日本古来のもので形式を重視する、短歌、俳句
 などについてはカタカナ言葉はなじまないものと考えられて来ましたが、最近はカタカナ言葉の挿入が新鮮に
 感じられると評価されて来ています。韻文でそのような傾向があるので散文についてももっと自由にカタカナ
 言葉の挿入があってもいいと思います。ただそれは読者をわけのわからない言葉で煙に巻くようなものでなく
 言葉の意味が明快かつその文章を効果的に引き立たせるものであるべきであると思います。また多彩の言葉と
 ありますが、カタカナ言葉と同様に重視されない擬声語(オノマトペ)なども効果的に使えば文章に輝きを
 持たせることができると思います。ぼくの考えは、使用を否定したり抑制したりすることで普通に書けば愉快な
 ものが味気ない乾涸びたものにならないように、失敗を恐れずに最も文章を生かせる表現を選択すれば自由な
 発想が連鎖すると考えており、最終的には一貫した考えに基づいた小説などの作品ができると確信しているのです。
 ですが、やはり基礎的なことはできていないといけないと思います。それを培うためには、何も難しい文法書を
 読む必要はありません。一番よいと思うのは、外国語会話の入門書を読むことだと思います。ここには平易な会話、
 いろいろな場面が設定されており、しかも切っ掛けと終わりが必ずあるので脈絡を外さないためにはどうするか
 を知らないうちに身につけることができます。何より外国語のボキャブラリーを増やすことができますしそのことが
 引いては日本語のボキャブラリーを増やすことに役立つのです。それでは、カタカナ言葉と擬声語を盛り込んで
 小説を書いてみましょう」
「すごいですね。どんな小説ですか」
「さあ、お気に召していただけるかどうか。
 『課長の励ましにより、石山は彼女の元へと向かうことを決心した。石山は30才を過ぎていたが今でも好きな 
  女性の前では胸がドキドキしてしまうし、好きな女性に話し掛ける時には声が上擦ってしまって恋人をはらはら
  させるのであった。俊子と一緒の時もこんなことがあった。「ねえ、メリーゴーランドに乗らない」「ば、馬鹿
  だなー、あれは回転木馬というんだよ。に、日本人なら、断然、回転木馬と言わないと」傍目で聞いている人から
  失笑が起った。「ほら、あなたが変なことを言うから、みんな笑っているわよ」「何を言っているんだ。日本人なら、
  回転木馬だよ」「じゃー、ジェットコースターはどう言うの」「それはだな、ジェットは噴出する激流だろ、
  コースターというのは滑走用のそりのことだから、滑走用の噴出して激流するそりと言うんだ」大爆笑が起った。
  「そんなことをジョークで言うんならいいけれど、あなたの場合いつもマジで言うんだから、リアクションに困るわ」
  「こ、こら、日本人なら反応と言え」彼女の元へ向かうジェットの中で外を眺めて昔のことを思い出していた石山は、
  滝のように流れ出す涙を抑えることができなかった』
 いかがでしたか」
「ぼくは、メリーゴーランドやジェットコースターが輝きのある言葉とは思えませんが」
「......。すみません」