プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生116」
小川はヴィオロンでのライヴが始まった当初はどうなるかと思っていたが、最初に自分の娘たちが演奏する
のを聴衆が快く受け入れてくれ、暖かい拍手が続くうちに前半を無事終えることができほっとした。
<秋子さんが、今日予定していたピアノ演奏者に急用ができて来れなくなったので、私たちで頑張って演奏しますと少し
緊張して話した時に、23名の聴衆全員から大きな拍手が起きて、みんなで張り切って演奏するようになったのだった。
拍手が演奏者の緊張の緩和を齎したようで、娘たちものびのびと歌を歌っているし、秋子さんのクラリネットも
いつも以上に伸びやかで明るい音色を出している。あとは秘密楽器とアユミさんに呼ばれている、ご主人のひとり
3役の、ピアノを引きながら一人でヒーローとヒロインのアリアを歌うと言う演奏がどれほど聴衆に受けるかだが、
前回のラフマニノフのヴォカリーズやディーリアスのセレナーデのように裏声で歌うだけでは、せっかく盛り上がった
雰囲気を壊してしまうかもしれないので心配だな。もうそろそろ休憩も終わりにして、司会を始めるか>
「皆さん、前半の演奏を熱心にお聴きいただきましてありがとうございました。前半では、子供ふたりあるいは
クラリネットによる、童謡、世界の有名な曲、ポップス、映画音楽などをお聴きいただきましたが、後半の最初は
まずはモーツァルトのピアノ・ソナタ第15番の第1楽章の演奏をお聴きいただきましょう」
<こんな難しい曲を深美が演奏できるようになれたのは、アユミさんの指導が素晴らしいからなんだろうな。子供は
大きな力を秘めているし、指導者に恵まれたら雨後のタケノコのようにぐんぐんと実力をつけて行くのだろう。
なんとか引き終えたぞ。心の中で拍手しておこう。次は桃香のモーツァルトのコンサート用アリアのハレルヤだな>
「ご清聴ありがとうございました。次もモーツァルトの曲をお聴きいただきます。コンサート用アリア
ハレルヤの最後の部分をお聴きいただきましょう」
<桃香は高学年になったら、クラリネットを習うと言っていたが、歌もうまいなぁ。でも子供の意志を尊重するのが
大切だから...。それに秋子さんも一緒にクラリネットが演奏できるようになるのを楽しみにしているのだから。
そうそうK.487がクラリネット2本で演奏できる曲で、是非それをふたりでやりたいと言っていた。おや...>
「それでは、ふたりの才媛に拍手をお送り下さい。実はこのおふたりは司会者の愛娘です。自分の娘なので褒め讃える
ことができないので、私が代わりまして、皆さんに盛大な拍手をお願いします。それでは続きまして、ピアノ伴奏による
オペラアリアの名曲をお聴きいただきましょう」
<それにしても時間があるとは言え、ご主人が演奏を始めて1時間半になる。この後、秋子さんのクラリネット演奏で
終わることになっているが...。確かにご主人の演奏は面白くて飽きさせないが、子供たちは欠伸をし始めたぞ。
あっ、アユミさんだ。やはり、これがないとコンサートはしまらないか...>
「ぐえっ...。ア、アユミ、おまえ大丈夫なのか」
「何を言っているの。このままあなたを放置していたら、あなたは明日の朝までやっているでしょ」
「でも、あゆみさん、ほんとにお腹の子は大丈夫なの」
「もちろん大丈夫よ」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
「秋子、なんなら最後はピアノ伴奏でクラリネット協奏曲をやらない」
「ソウシマショー、ソウシマショー」
「ふふふ、そうしましょう」