プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生128」
大川や相川とヴィオロンでのライヴについて打ち合わせをした日の夜、小川は食後の茶碗にお茶を注ごうとする
秋子に話し掛けた。
「秋子さんが言うようにおふたりの話を聞いたら、いざと言う時に頼りになる人たちだということがよくわかったよ」
「そうだと思ったわ。でもおふたりと肩を並べるようになるには小川さんも大変だと思うわ」
「だから一所懸命練習しておこうと思うんだけれど、秋子さんの方は...」
「ええ、できるだけ時間は作るつもり。桃香にもそろそろ練習させようと思っているけど、そうなると楽器が...」
「そういう話が出ると思ったので、アユミさんのご主人のを借りることにしたよ」
「それじゃあ、わたしのもうひとつの始めた時から使っているクラリネットは桃香に使わせることにして、ライヴの
時だけ、小川さんに使ってもらうようにするわ」
「どうしたんだい、深美」
「わたし、アユミ先生が休んでいるので、ピアノの練習を自分でするしかないの。また画用紙に書いた鍵盤での練習を
始めたけれど、いつまで続けられるかしら。わたしもしばらくはおかあさんからクラリネットを習おうかしら」
「わたしもアユミ先生からピアノを習えなくなったのはさみしいけど、クラリネットをおかあさんから習えるのは
楽しみだわ、それに楽器をおとうさんとふたりで使うのじゃないから、いつでも練習できるし」
「深美も遠慮せずにみんなとやればいいじゃないか。一緒にやるからにはクラリネットの技術を習得しなければと
考えるから、重荷になってしまうんだ。みんなで何かを楽しむ。そうだ、みんなでカラオケに行って順番を待っている
くらいに考えればいいんだよ」
「それはちょっと違うんじゃないかな」
「チョットチガウ。チョットチガウ」
「なら、どう言えばいいんだい」
「そうねぇ、得意な科目の授業で当てられるのを待っているという感じかなぁ。だから自分の楽器がないと物足りないのよ」
「ソウイウカンジ。ソウイウカンジ」
その夜遅くまで持ち帰り残業をする予定だった小川は、書斎で寝た。眠りにつくとディケンズ先生が夢の中に現れた。
「いつも大変だねえ。まだ30代だから大丈夫なのかもしれないけど、平日は仕事を目一杯する。週末は持ち帰り残業、
家族サービス、自分の趣味で深夜まで起きている。これでは、いつか身体を壊してしまうだろう」
「そんなことを言っても、もちろん仕事をしないわけにはいかないし、家族はぼくの生き甲斐なので大切にしないといけない。
大川さんや相川さんとの付き合いも...」
「君の気持ちはわかるが、とにかくこのままだと君はある日突然意識を失い、気が付いたらベッドの上、それから療養の日々
ということになるだろう」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
「まあいくつか言うと、早朝の読書はやめて早く仕事を始める。休日の家族の夕食後の団らんは短くして持ち帰り残業をする
時間に充てる。月に1回大川、相川と会うことにしてその時に講義とライヴの練習をしてしまうなどかな。そうして5、6時間
は睡眠時間を取らないと」
「仰る通りにします」