プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生130」

小川は、クラリネットをアユミの夫から借りることにしたが、マウスピースは自分のを使って下さいと言われたので、
お茶の水の楽器店で購入することにした。クラリネットのことを余り知らない小川は、秋子について来てもらった。
「ここに来るのはこれで2回目だけれど、その時のことを小川さん覚えているかしら」
「もちろん覚えているよ。あの時は秋子さんのマウスピースを買うことを口実にして、いろいろ聴かせてもらった。
 秋子さんが自宅からクラリネットを持って来ていなかったので、お店のクラリネットを貸してもらったんだったね。
 クラシック、ポピュラー、ジャズそれから童謡もあったなあ。クラリネットの音色が好きでいろいろなレコードを
 聴いていたけれどその時に間近で聴いて、もちろんそれは秋子さんがぼくのために一所懸命に演奏してくれたから
 だと思うけど、その暖かい響きに引かれてますますクラリネットという楽器が好きになったんだ。そして今度は
 自分で音を出すことになった。それもこの楽器の素晴らしさを直に教えてくれた女性から習いながら...」
「うふふ、そんなに感激しなくても、私はいつもの通りに小川さんには親切にするつもりよ。そうそう、今日はクラリネットの
 マウスピースを購入するんだった。私の意見を少し言っていいかしら。じゃあ、言わせていただくわ。アユミさんのご主人
 愛用のクラリネットは安い合成樹脂のものだから、このヤマハの4Cでいいと思うわ。ヴァンドレンのマウスピースの
 愛用者は多いけれど、初心者には使いにくいかもしれない。リードはヴァンドレンの2.5でいいと思うわ。きっと合成
 樹脂のクラリネットの音には不満が出て来ると思うから、中古でいいのが見つかったら購入すればいいと...」
「いえいえ、クラリネットはローンでもいいから、新品を購入するよ」
「わかったわ。それじゃー、あと、毎回使用するクリーニングスワブとグリスを購入して帰りましょ」

「さあ、それでは、今日はレジスターキーを使って、シから2オクターブ高いドの音を出してみましょう。まず
 レジスターキーを押さずに低いミの音を出してみて下さい。そのままレジスターキーを押すとシの音が出ます。
 そうです、レジスターキーを押せば12度高い音が出るのです。これを順番にやって行きましょう。次は低いファの音を」
「左手の親指で2つのキーを押さえるのは難しいな、それに高音を出す時にはリードの振動が激しい気がする。アンブシャーが
 崩れないようにしないと。2オクターブ高いドの音は左手の親指で2つのキーを押さえるだけなので、楽器のバランスが取り
 にくくて音が出しにくいなあ」
「まあ、それは誰もが経験し克服して行くもの。そのためには練習あるのみだわ」
「ところで、桃香も一緒に練習するって言っていなかった」
「そう考えていたんだけれど、やっぱり指が届かないから無理みたい。クラリネットはさっき言ったレジスターキーのように
 左手の親指でふたつのキーを押さえる他に、それぞれの小指で4つのキーを自由に押さえられないといけないの」
「一度に4つのキーを押さえるのなんてできないなぁ」
「まさか、もちろん1つだけよ。でも大人でもやっと届くという感じだから小学校低学年だと難しすぎるから...」
「じゃあ、ぼくがその楽器を使ってもいいわけだ」
「それは、ふたりの約束を反古にすることになるからできないのよ。クラリネットを習ってくれるなら、おかあさんが
 クラリネットを習い始めた頃に使っていた楽器をあげると言ったから」
「よし、わかった、じゃあ10ヶ月してライヴで演奏できるくらいになったら、クランポンのRCをローンで買ってもらおうかな」
「そうね、考えておくわ」