プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生134」

小川と大川がにっこり笑って先を促すと相川はうれしそうにそれに応じた。
「今のは、「小説の中の便利な道具、手紙について」でした。次は、「出色の好人物、グリムウィッグ氏」
 という演題でお話をしましょう。ところで、グリムウィッグ氏をご存知ですか」
「ええ、もちろん。「オリヴァー・トゥイスト」の登場人物でオリヴァーを正しい道に導いてくれる、
 ブラウンロー氏の友人で「俺の言うことが間違っていたら、自分の頭を食ってもいい」と何回も...」
「その通りです。また、グリムウィッグ氏の面白い発言として、「俺は二通りの子供しかしらん。白い
 メリケン粉のようなやつと赤い牛肉のようなやつだ」というのもあります。オリヴァーが悪党たちに
 囲まれて苦労するため、どちらかというとこの小説の前半のところは暗い気持ちになって来るのですが、
 このグリムウィッグ氏が現れて、「自分の頭を食ってもいい」と言う度に何か愉快な気持ちになり、
 愉快な老人(ここでディケンズは意図的に逆のことを言っている)と言われるフェイギンが出てきた時の
 何万倍も愉快な気持ちになります。こういうふうに物語に真実味を出すために説明的なところが長くなり、
 冗長に感じて来ると、ディケンズはまるで救いの手を差し伸べるようにこのような人物を登場させるのです。
 他にも、「リトル・ドリット」のフローラ・フィンチング、「荒涼館」のジョン・ジャーンディスなんかも
 それにあたると思います。といってもこういった人物はディケンズのすべての小説に登場するわけではあり
 ません。「二都物語」「エドウィン・ドルードの謎」にはそういった人物が出て来ないので少し物足りない
 ばかりか暗い気持ちが一向に晴れない気がします。
 それではいつものように小説を読ませていただきましょう。今回は、以前にも登場してもらった石山の職場の
 課長に再び登場してもらいましょう。それでは、どうぞお聞き下さい。
 『「やあ、今日から出勤なんだね」「そうです」「で、どうだったかね。彼女と縒りは戻せたのかね」
  「ええっと、と」「うまく、いかなかったんだろう」「そんなことないですよ」「いや、俺の言うことが
  間違いだったら...」「なんですか...」「そうだなあ、自分の首筋をなめたっていい」「そんなー、もっと
  実現可能なことを言って下さいよ。例えば...」「例えば...」「例えば、自分の足の親指でお尻を掻いても
  いいとかだったら...」「い、いかん、その情景を想像してしまった。ははははははははははははははは」
  「か、課長、大丈夫ですか」「もう、なんともないよ。で、どうなんだい。自分でどういうところが駄目だと
  思っているのかね」「実は、彼女が話し掛ける時、真剣な顔をするのですが、私には怒っているように見えて
  萎縮してしまうんです」「でも君は言ってたじゃないか、彼女は自分のことを大切な人と思っていて
  そう言うのを何度も聞いているって。それだったら萎縮しないで、ずけずけとあけすけにそのまんまに
  話せばいいじゃないか」「言うのは簡単ですが、そんなに簡単ではないのです。私が話し掛けた時に笑って
  くれれば、気持ちが軽くなってペラペラと1時間でも2時間でも話すことができるんですが...」「そうか
  それなら、俺が君のために特訓をしてやろう。今晩あたりどうだね」「もちろん、異存はありません」』」
「そうでしたか。課長も重要な登場人物のひとりなんですね。でも...」
「でも...」
「少し、品がない気がします」
「...。以後、気をつけます」