プチ小説「友人の下宿で2」

安城が最近クラシックに興味を持ち出したと聞いて、気の早い高月はその次の日に
ベートーヴェンとモーツァルトのレコードを持って安城の下宿に行った。安城は入学して
すぐに、ステレオラジカセとプレーヤーを購入していた。

「安城、君もやっとクラシック音楽に興味を持ち始めたのか。おめでとう」
「高月さん、きっと何かの勘違いをしているんだと思います。ぼくはあるロックの演奏家が
 古典的な演奏をしていると言っただけで、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンを
 聞きたいと言った訳ではないです。でも、せっかく僕のために何か聞かせてもらえ
 るのなら、謹聴させていただきますよ」
「そんなに畏まらなくても、リラックスして聞けばいいのさ。僕の場合たいてい畳に寝転がって
 聞いているし...。それじゃあ、まずはこちらから聞いてもらおうか」
「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番...。第5番の皇帝ではないんですか」
「もちろん、皇帝もすばらしい曲だけど...。この曲はピアノとオーケストラが対話をしながら
 すばらしい音楽を作り上げている初心者にとっても聞きやすく、しかもクラシック音楽の
 精髄に触れることができる曲だと思う。バックハウスの名演もあるが、今日はポリーニで
 聞こう」

「うーん、美しくしかも心をわくわくさせる躍動感がありますね。これがクラシック音楽の
 魅力なんですかね」
「いくつかある魅力のひとつだと思う。次にモーツァルトを聞いてみよう、同じくピアノ協奏曲
 だけど、こちらは謹聴した方がよいかもしれない。モーツァルトの最晩年の達観の境地がここには
 あるんだ。モーツァルトは晩年決して幸福であったとは言えないが、この曲は終始明るく
 あこがれに満ちている。よくベートヴェンの音楽が苦悩を突き抜けて歓喜に至る音楽で
 感動させられると言われるけど、このピアノ協奏曲第27番の終楽章なんかはとても明るい音楽
 なんだけど、心にモーツァルトの音楽が染込むようで何度聞いても感動...」
「楽しみだな。でも、僕だけが聞くのはもったいな。次からは、百田、名取、野山も呼んで、
 一緒に聞くことにしませんか」

「高月さん、起きて下さいよ。曲は終わりましたよ」
「ごめんごめん。モーツァルトの音楽が余りに耳障りがいいんで...」
「これもいくつかある魅力のひとつですね」