プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生135」
相川が、品のないことを言ってしまったと唇をかんでいたので 、小川は申し訳なさそうに言った。
「ぼくが言い過ぎました。相川さんは気にしないで、講義を続けて下さい」
「いえいえ、小川さんのご意見はもっともですので、以後、気をつけます。が、調子に乗って同じような
ことをしたら、遠慮なく言って下さい」
「わかりました」
「では、次は、「小説の中の便利な道具、音楽について」という演題です」
「うーん、だいたい言われることがわかるような気がします。「オリヴァー・トゥイスト」のローズと
「リトル・ドリット」の主人公の叔父はそれぞれピアノとクラリネットを演奏しますが、特にローズの
ピアノはオリヴァーの境遇が変わったことを示すために効果的に使われているような気がします。それに
「荒涼館」には楽器屋さん、バスーン奏者のバグネット氏も出てきますね」
「さすが、小川さんはディケンズの小説についてよくご存知ですね。ローズがピアノを弾くシーンは静かで
平和な高級住宅街。それまでの喧噪と怒号が渦巻くスラム街の情景と見事な対比を見せています。そうして
読者はこのオリヴァーの幸せな生活を守ってやりたいと思うことでしょう」
「あのう、ちょっといいですか」
「なんでしょう、大川さん」
「ぼくは、以前に小川さんから、「マーティン・チャズルウィット」のトマス・ピンチはオルガン奏者で
唯一音楽で生計を立てている登場人物と聞いていたので、ピンチについて話が出ると思ったのですが」
「残念ながら、私は小川さんほどディケンズの小説を読んでいないのですよ。ですが、小川さんによると
「マーティン・チャズルウィット」は他の小説ほど楽しめなかったと仰っていたので、読まないかも
しれません。まあ、穴だらけ隙間だらけであるのにこうして時間を取っていただくのは誠に恐縮なのですが、
よろしければおつき合い下さい」
「いえいえ、いつも楽しんでいます。頑張って下さい」
「それではいつものように小説を読むことにしましょう。
『「課長がついてこいと言われるので、◯川の河川敷をずっと歩いて来たのですが、ここで何をしようと
言うのですか。それに何か持って来られたようですが、それは何ですか」「ああ、これはトランペットだよ。
君が一人で大きな声を出してたら、変に思われるだろうから、時々これを鳴らすんだ。そうすれば、
怪しまれずにすむ」「大きな声?」「そうだよ、今から君は愛する人への告白の練習をするのだ。君は
さっき、彼女が笑顔で話せば、1、2時間ペラペラしゃべられると言っていたが、それはきっとつまらない
どうでもいい話なのだ。いいか、一念発起したのならそれを成就させるためには血のにじむような努力が
必要なのだ。このような機会を持って何度も何度も愛の告白の練習をしておけば、本番で困ることはないのだ。
では始めるから。君の言葉が途絶えたら、君の気持ちを鼓舞するようなトランペットの音色を入れるから。
いいね」「はい、それでは、俊子、俺は君が大好きだ。君は身も心も美しい女性だ」「プロロローピッピッ」
「それだけで充分なんだが、君にはその上やさしさも思いやりもある」「プウプウプウプスーップスーッ」
「そんな君を俺は、俺は...」「どうしたんだ。続けなさい」「すみません。僕の場合、ボキャブラリーが
ないので、これ以上は...」「そうか、じゃあ、また来週やろう」「よろしくお願いします」』」
「そうですか、石山は俊子という最愛の人を獲得するために行動を起こしたのですね」
「まだまだ実行までは、しばらくは練習あるのみですね」