プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生141」

アユミとその夫が小川の家に訪ねて来た翌日、小川が会社で仕事をしていると相川から電話が入った。
「お仕事中にすみません。お忙しいと思いますので、簡単に用件を言います。実は...」
相川からの電話の内容は、次回の講義は3週間後の予定だが、次の日曜日にしてほしいというものだった。
「いつものように、4つ演題を用意しているのですが、3週間後は仕事の予定が入ってしまったのです。
 急なことで申し訳ないのですが、大川さんにもよろしくお伝え下さい」
大川に電話すると特に支障はないと言われ、小川も前倒しになったとはいえ特に予定が入っているわけではなかったので、
すぐに相川に電話を入れ、では今度の日曜日のいつもと同じ時間にお会いしましょうと伝えた。

次の日曜日の午後、小川は都立多摩図書館前で二人が来るのを待った。先に来たのは大川だった。
「小川さん、お待たせしました。相川さんはまだですか」
「うーん、その格好を見るとやはり仕事場に一度行かれたのですね。無理言って、申し訳ないです」
「なんで小川さんが謝らなきゃいけないんですか。相川さんもわれわれの寄り合いを続けたいと思ったから、都合を訊いた
 わけで、そんな場合、友人としてはできるだけ都合をつけようと考えるものですよ」
「でも、どうして相川さんは急に、前倒しでやりたいと言われたのだろう」
「それは本人から訊けばいいと思います。ああ、あそこに相川さんらしき人が...。いつもと違ってスーツ姿ですね」
「お待たせしました。それから今日は私のために万障繰り合わせいただいて、感謝いたします」
「まあ、そんな固いことは言わずに、いつものところへ行きましょう」

いつものように、多摩図書館のそばにある喫茶店に3人は入り、相川の向かいに小川と大川が腰掛けた。
「先程、小川さんが、固いことは言わずにと言われたので、なぜ日程を変えていただいたかについてだけ説明します」
「今日はお仕事してらしたんですか」
「ええ、今日の午前中は久しぶりの休日出勤でした。実はぼくは数年前までは、主にイギリスで公的な仕事をしていたん
 ですよ。で、しばらくは日本国内で勤務していたんですが、年末までにはまたイギリスに戻って...」
「そうなんですか。ということは、今回で相川さんとお会いするのも...」
「うーん、そんなにあっさり見捨てないで下さい。予定変更させていただいたのは、どうしても仕事の都合がつかなかった
 からで、月末までにぽんとロンドンに行ってしまうということではありません」
「ロンドンに転勤されるのですか」
「そうです、あのディケンズが130〜160年前に活躍していたロンドンです。そこに行くのは年末なのですが、準備も
 ありますので、以前お約束したことだけは果たして出発しようと思うのです。ひとつは前月にお約束していたこの会と
 それからもうひとつは大川さんの奥さんが復帰されるまでに一度はしようと言われていたヴィオロンでのライヴコンサート
 ということになります。いつまでも講義をお待たせするより、先に講義をさせていただいて、ライヴのこと、いつするか
 や演目についてはそのあとで決めていこうかと...」
「そうですね、石山が俊子と結ばるのか、小説の行方が気になります」