プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生148」

小川は全体練習を一度はしておきたいと思っていたので、10月中に実施したいとメンバーに呼びかけ第3日曜日にすることに
漕ぎ着けた。スタジオは大きなところを借りてほしいとアユミの夫に依頼していたところ、グランドピアノが備え付けられた、
10人はゆったり入れるスタジオを利用することになった。
「これは私の思いつきなのですが、来年から同じロンドンというヨーロッパの伝統ある街で暮らすことになる、相川さんと私の
 娘に、名刺交換代わりにこのピアノで自分の得意な曲を弾いてもらおうと思うのですが、いかがですか。では、まず私の
 娘が、「モーツァルトのピアノ・ソナタ第8番」を演奏します」

「第1楽章を聞かせていただきましたが、すばらしいですね。深美ちゃんは楽譜をすぐに暗記できるという特技の他、テクニック
 や音色も抜きん出た才能をお持ちだと思います。私もロンドンで深美ちゃんをサポートしたいと思っていますので、何か
 ありましたらご連絡下さい」
そう小川に言って、相川は深美の側に行きにこにこしながら演奏を見ていたが、演奏が終わると大きな拍手を贈った。
「すごいねー、おじさんは40年近く弾いているけど、深美ちゃんのようには弾けなくて...。でも、よかったら、ちょっと聴いて
 くれるかな。タンホイザー序曲のピアノ編曲だよ」
「ねえ、おとうさん、あの人ものすごいテクニックだけれど、ほんとうにただのおじさんなの」
「そうだなあ、多分、深美に気に入ってもらおうと一所懸命演奏していると思うんだ。ああゆう人をどう思う」
「そうね、とっても頼りがいがある人って言えると思うわ」
「......」

相川は、小川や大川と一緒にいる時より明るく饒舌だった。
「そういうわけで、私たちは何年もロンドンで生活したことがありますので、きっと深美ちゃんが困った時には助けてあげられる
 と思うんですよ。私たちにも2人の娘がいるのですが、それぞれ就職して一人暮らしを始めています。今回のロンドン滞在は
 妻と二人だけですので遠慮せずに相談して下さい。秋子さんでしたか。あなたはすばらしい娘さんをお持ちですね」
「ありがとうございます。アユミさんの先生はしっかりサポートするから、深美のことは何も心配いらないと言われていますが、
 相川様のような方が側におられて気を配っていただけるというのは、本当に心強いと思っています」
「いえいえ。そうだ、秋子さんは、クラリネットを長年演奏しておられるということ。ここでお聴かせいただけたらと思うのですが」
「どんな曲がいいですか」
「そうですね、ブラームスのクラリネット・ソナタ第2番なら伴奏させていただきますが」
「じゃあ、それにさせていただきます」

二人の演奏が終わるのを待って、アユミの夫が話し始めた。
「今回の演奏会は、例えば相川さんと深美ちゃんだけの演奏会なら、二大ピアニストの共演という企画も可能でしたが、小川さん
 のクラリネットと私の歌も相川さんの希望で盛り込まなければならない。ということでいっそのことその凸凹感を全面に押し出して
 演奏を聴いていただこうと思います。題して、「第1回 相川家 小川家 大川家 発表会」ということで順番に自分の得意な
 曲を発表してもらうことにしましょう」
「それがいいですね。大賛成です。相川さんはどうです」
「いい考えだと思います」