プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生149」

小川は、ライヴの司会をすることになっていた。定刻に大型スピーカーの前に立った小川は、大川から開始のサインを受け話し始めた。
「みなさん、お待ち遠様でした。これからお聴きいただくのは、いたずら中年小鬼3人組とその家族が日頃の成果を発表する
 会です。中にはプロも顔負けの充実した演奏もあるのですが、まだ始めて6ヶ月の人の拙い演奏もあります。でも、
 みんな一所懸命に演奏しますので、おつき合いのほどよろしくお願いします。では、最初は、私の娘の演奏です。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第20番と第24番です」
<やはり、深美の演奏を最初に持って来たのは正解だった。みんな聴き入っている。それにしても1ヶ月の短期間にたくさんの
 曲を習得したものだ。深美には才能があるのだろう。そうは言っても小学校5年の女の子だから、本人が少しでも躊躇いの表情を
 見せたら、途中で立ち消えになっただろう。深美の強い意志が親二人の心を動かしたというところかな。次は、桃香だな>
「次は、小学唱歌を10曲お聴き下さい。曲目はお手元のチラシをご参照下さい。演奏はこちらも私の娘と私の親友の大川さんです」
<桃香の声はいつ聴いてもいいなあ。小学校高学年になるまでにはクラリネットを始めると言っているが、今のところは
 声楽とピアノを習って音感や基礎的な知識を習得すればよいと思う。クラリネットを習う頃には基本的なことは身につけて
 いるだろうし、器用にクラリネットが吹きこなせるなら、きっと深美と同じようにお誘いが来るんじゃないだろうか>
「ここで少し休憩をいただきます」

小川が外で出番を待っている相川のところに行くと、相川は小川に笑顔で話し掛けた。
「人が一杯になって来たので、外に出ました。最初は2、3人だったので、緊張せずに弾けると思ったのですが、20人近くの
 お客さんが来られるとやはり緊張しますね」
「まあ、これは日頃の成果を発表するだけなので、気楽に演奏されればよいと思います。ここのピアノは観客と顔が合わない
 ようにできていますので、ずっと鍵盤を見ていれば、お客さんを見てしまう→失敗したらどうしようと思ってしまう→
 緊張して舞い上がってしまうという過程を思い起こさないで済むかもしれません」
「そうですね、頑張ってみます」

「みなさん、お待たせしました。次にお聴きいただくのは、ショパンのワルツ、ノクターン、プレリュード、マズルカ
 をお聴きいただきます。曲目の詳細についてはお配りしている、チラシをごらんになってください。演奏は私の
 親友の相川さんです」
<さっき、緊張していると言われていたが、持ち直されたようだ。それにしても胸が透く快演というのはこういうのを言うん
 だろうな。相川さんの演奏をもっと聴きたいが、5年位はイギリスに滞在されるようだから、帰って来られるのを楽しみに
 待つことにしよう。さあ、いよいよ私の出番だ>
「続きまして、クラリネットの演奏で3曲お聴きいただきましょう。実は、私が演奏するのですが、クラリネットを始めてまだ
 半年なのでお聞き苦しい点も多々あるとは思いますが、一所懸命やりますので、温かい目で見守って下さい。曲目は、
 エルガーの「愛の挨拶」、マルティーヌの「愛の喜び」、ショパンの「別れの曲」です。伴奏は先程ショパンを演奏された
 親友の相川さんです」
<練習時間が取れなくて深美との共演はできなくなったけれど、まあ楽しみは先に残しておこう。相川さんとは、結局一緒に
 練習できなかったけれど、楽譜を渡していたから大丈夫だろう。ところでぼくはクラリネットのパート用楽譜を見て練習した
 けれど...。あれ、相川さんの伴奏どこで入ればよいのかな。ものすごくテンポが速いしどうしよう...>
小川がパニック状態に陥っていると、秋子が入口のドアを開けて入って来て小川の横に並ぶと何事もなかったように(予定通りの
行動のように)演奏を始めた。小川はその横で演奏したが「愛の挨拶」は20点の出来だったが、「愛の喜び」は80点、
「別れの曲」は85点の演奏ができた。