プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生150」
ライヴが終了すると、小川は家族3人とアユミの夫と一緒にアパートまで帰って来たが、アユミの夫の強い希望により
午後10時まで深美と桃香はアユミや夫と過ごすことになった。小川は帰宅するとすぐ秋子に、和室のテーブル代わりに使用
している炬燵の側に座るように言った。
「今日は本当に助かった。ありがとう。でも、あの後は何をやったかよく覚えていないんだ」
「まあ、急に決まったことだったし、仕方ないんじゃないの。最後のアユミさんのご主人のオペラの弾き語りも
いつもほど盛り上がらなかったし...。でも、無理もないけど」
「それ、どういうこと。何かあったの」
「簡単に言うとアユミさんの体調がすぐれないということかな。小川さんはこの前のコンサートで会ってから見てないから
わからないと思うけれど...」
「それで子供たちが励ましに行ったというわけだ。ぼくたち男にはわからないことだけれど、お産というのはきっと大変なこと
なんだろうな」
「そうね。でも、アユミさんって、本当にいい人。少し荒っぽいところがあるけれど、こどもたちにやさしくて、私には
同じ年なのに頼りになるお姉さんという感じ、そのアユミさんが...。本当になんとかしてあげたい」
小川は、いつも明るい秋子の横顔に涙がしゅっと走るのを見た。
「ところで、あゆみさんどこかの病院に通っているの」
「いいえ、昔から病院嫌いで、妊娠してから1回も病院には行ってないわ。できれば産婆さんの世話になると...」
「馬鹿だなあ。今の時代、病院にかからないでお産をしたいなんて考える人はほとんどいないと思っていたんだが、まあ
明日、アユミさんについて行ってあげるといいよ。きっと治るから」
次の日の晩、小川が帰宅したのは午前1時近くだったが、秋子は起きていて食事をしている時にアユミのことを話した。
「小川さんの言う通りだったわ。検査をした後、薬を出してもらって、だいぶよくなったみたい。ほんとにありがとう」
「それはよかった。でも無理はいけないと伝えておいて」
「調子が良くなったら、小川さんの顔を見に来ると言っていたわ。小川さんファンのアユミさんは小川さんに心配させると
いけないと思って、家に来られなかったようだけど、これからは毎週小川さんの顔を見に行くって言っていたわ」
「そ、そうか。た、たのしみだなぁぁぁぁ」
その夜、小川は書斎で寝たが、眠りにつくと夢の中にディケンズ先生が現れた。ディケンズ先生は旅支度をしていた。
「先生、予告されていたので、覚悟はできていますよ。5年間はお会いできないのですね」
「そうなんだが、他にもあるんだ」
「なんでしょうか???」
「実は、君はうすうす感じていると思うが、私の生誕200年の年に親しい人に集まってほしいと思って、あれこれ算段
しているのだよ。小川君ももちろんその一人で相川や君の娘さんもその中に入っている。ただ君がロンドンに来るためには
今から言う2つのことが必須だ。心して聴くように。一つ目はなるべく早く相川に小説を送って添削をしてもらい、
10年以内に小説家になること。もう一つはアユミが音楽活動を再開したらグループの中心メンバーになれるように
頑張ること。以上だ」
「でも、先生、こんなに忙しいと小説を書いたり楽器の練習をしている暇はないと思いますが...」
「それについては考えがあるから、安心したまえ」
「......」