プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生152」

秋子と桃香は4年間単身赴任で大阪勤務だった小川から昨日、新幹線で帰るから迎えに来てほしいとの連絡を受けたので、
お昼過ぎに自宅を出て東京駅に向かった。
「でも、おとうさんはなぜ...」
「どうしたの」
「だって、月に一度はお家に帰って来たし、なんで今日も同じように大阪から帰って来るだけなのに迎えに来てほしい
 なんて言ったのかしら」
「うふふ、そうね、桃香の言うことも一理あるわね。でも、人生にはいろんな節目というのがあって、その時は家族や
 知り合いに見守ってほしいという気持ちを持つものなのよ。おとうさんも十数年暮らした東京を離れて一人で大阪で
 仕事をして来てまた東京で頑張ろうという時に、家族からの励ましがあれば心機一転頑張れるんじゃないかしら」
「心機一転?」
「そうよ、おとうさんは4年間大阪暮らしをしたわけだから、そこでお世話になった方々もきっといたと思うの。4年間を
 大学生の修学期間と同じと考えると、随分長い時間と考えることもできるわ。そういったことに気持ちの整理をつける
 ためには、家族の力が必要と考えたんじゃないかしら。だから、わたしたちは精一杯の明るい笑顔で迎えてあげて...」
「じゃあ、わたしも暖かく迎えてあげるわ」

小川は節約のため金曜日の夜の夜行バスを利用して東京に帰っていたが、久しぶりに新幹線で東京に帰って来た。
到着時刻と座席の場所を伝えていたので、扉を出るとそこには秋子と桃香がいた。いきなり桃香は、小川に抱きついた。
「おいおい、いつから、桃香はそんなに甘えん坊になったんだい。そんなに大きな子供が抱きつくとおかしいだろ...」
「おとうさんも困っているから、そろそろ離してあげて。でも、この子が4年間寂しい思いをしていたのは事実なのよ」
「わたし、おとうさんが早く東京に帰って来ますようにとお祈りしていたんだけど、ほんとにほんとに長かった...」
「うんうん、桃香がこんなにおとうさんのことを思ってくれるのはうれしいよ。でも、驚いたなあ、桃香は大阪勤務が決まって
 東京を発つ時にもこうしてくれたけど、その時は腰に抱きつくのがやっとだったのに...。ずいぶん大きくなったんだね」
「子供たちは本当に成長したわ。深美もロンドンで元気に頑張っているし...」
「そうだね。こうして子供たちに励まされて生きて行けるぼくたちは、幸せものだと思う」
「ねえねえ、今晩はアユミ先生のところに行って、わたしたち、すき焼きをごちそうになるんだけれど。アユミ先生が...」
「どうしたの」
「そうだったわ。忘れるところだったわ」
「気になるなぁ、早く言って」
「小川さんが大阪でクラリネットを熱心に勉強した成果を、見せてほしいって言われているのよ」
「今日、見たいって」
「そうなの、これは冗談だと思うけど、アユミさん、小川さんが前と変わらなかったら、白菜とネギしか食べさせないと
 言っていたわ」
「そんなー、それはないよ」