プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生6」
クリスマス・イヴの夜、小川は一人で炬燵に入りぼんやりとテレビを見ていた。少し寒くなって来たので、
褞袍を羽織ろうとしたが、ふと子供の頃を思い出し、炬燵に潜り込むことにした。小川はどちらかというと華奢
だったので、楽に入り込むことができた。しばらくすると、室温の低い部屋にいて冷たくなっていた顔が
暖められた。それと同時に猛烈な勢いで睡魔がやって来た。
小川は自分の名前を呼んでいるのが聞こえた。炬燵を出て外を見ようかと思ったが、声は炬燵の中から聞こえている
ようだった。正面にある赤外線炬燵の赤外線ランプと金網がいつもと違って黒っぽく見えた。よく見るとそれは
人間の頭髪で、金網の真ん中あたりは人の横顔のように見えた。小川は好奇心から、何も考えずに髪の毛を引っ張った。
「いたたたぁーっ。小川君、何をするんだ」
「あっ、その声はディケンズ先生。こんなところで何をしているんですか」
「君はクリスマス・キャロルを読んだから、知っているだろ、マーレーの亡霊を」
「ええ、確かドアのノッカーが彼の顔に変わったところから、物語が突然、超自然の世界じゃなかった、夢の世界へと
移って行くんでしたね」
「物語の解釈は読者に任せることにして、そのマーレーの真似をしたんだが、これがうまくいかない。マーレーの亡霊は
家に帰って来たスクルージを睨みつけたが、わたしは小川君を睨みつけられないで、炬燵の敷布団ばかりを見ていた。その上、
無理にそちらに顔を向けようとして首の筋を違えてしまった。なぜ、こんなことをしたか、わかるね」
「センセーショナルな登場を僕のために?」
「そうさ、実はわたしは人を楽しませるのが大好きなんだよ。そしてそれよりも好きなのが、人の驚愕した顔を見ることなんだ。
今日は残念ながら、失敗してしまったが、次回は...」
「それよりも先生、第二の精霊(幽霊)のように僕を外に連れ出して空中から東京のクリスマスイヴの夜景を見せてもらう
ことは...」
「小川君、それは君が京都に残して来た恋人とすればいいことじゃないか。まあ、何はともあれ、クリスマスおめでとう。
来年もよろしく頼むよ」
「はい、よーくわかりました」
小川が目を覚まし、夕刊を手に取ると長い間音信がなかった恋人からの手紙が炬燵のテーブル板の上に落ちた。