プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生158」

小川は相川に久しぶりの 講義を聞かせてもらいたかったが、生憎日曜日の夕方はアユミの家での夕飯を共にする
ことになっていたので、3時間にわたる講義を拝聴するのは次回にすることにし、その時にはもう少し早い時間に都立多摩
図書館に行くことにした。相川が、それでは今日は名曲喫茶ヴィオロンで、今の季節にぴったりのシベリウスの交響曲第5番を
聴いて帰りましょうと言ったので、小川はそれに同意した。ヴィオロンに向かう道程でも、ふたりは小説やクラシック音楽の
話に夢中になり、三鷹の駅で各駅電車に乗り換える時もお互いの言葉を聞き逃すまいとしていたので周りの様子や声に注意が
行かなかった。各駅停車のシートが空いているのを見つけ座った時に小川がふと向かいのホームを見ると、足を屈伸させながら
両腕を同時に前後に振っている小柄な男性の姿が見えた。最初、大川は小川と相川が向かいの電車に乗っているのに気が付か
なかったが、小川と目が合うと一目散に小川たちが乗っている電車に向かって駆け出した。間一髪で小川たちが乗っている電車に
乗ることが出来、やがて大川はふたりのところにやって来た。
「秋子さんに、小川さんがどこに行かれたのか尋ねたら、多摩図書館に行かれたと言われました。で、もしかしたら、帰国された
 相川さんと一緒になられてるかもと思い、ぼくも多摩図書館に向かうところでした。行き違いにならなくてよかった。ところで
 今からどこへ行かれるのですか」
「阿佐ヶ谷で降りて、ヴィオロンへ行こうと思うのですが」
「それなら、ぼくもご一緒させて下さい」

三人が名曲喫茶ヴィオロンに入ってすぐ右側の席に腰掛け、マスターにホット珈琲3杯を注文し、バルビローリかコリンズの指揮で
シベリウスの交響曲第5番のレコードを掛けてほしいとリクエストをすると、小声で大川が小川に話し始めた。
「午後8時の飛行機で福岡に戻りたいので、夕飯は1時間はご一緒できると思いますが、余り話せないと思います。それにここに
 相川さんもおられますので、相川さんの講義を是非復活させてほしいという話をしておこうと思ったのです。今のところ、2ヶ月に
 一度は福岡から帰って来ますが、土曜日の午後に帰って来て、日曜日の午後8時の福岡行きの飛行機に乗らなければならないので、
 相川さんのお話をじっくりお聴きするためには、日曜日の午後0時から講義を始めていただくのがいいと思います」
「ぼくも大川さんのご意見に大賛成なので、相川さんさえよければ...」
「ぼくは、別に朝からだってよいのですが、珈琲一杯で楽しい時間を過ごすというわけにいかないでしょうから、午後0時というのは
 ギリギリの線ということになるでしょう。ところで、講義の内容はどういったものにさせていただきましょうか。また前と同様に
 小説も聞きたいと言われるのなら、どういったものがいいですか。それからこれが一番肝心なことですが、小川さんの小説の添削を
 どのようにさせていただきましょうか」
「これはオブザーバー的な位置にある私の個人的な意見ですが、まず午後0時に以前と同様に都立多摩図書館の前で私たち3人が待ち
 合わせて、近くの喫茶店へ行きます。最初に小川さんから、持参した小説を私たちに披露していただきます。小川さんは相川さんから
 の質問に答え、その次の集まりまでに相川さんに添削して来てもらう。その後、相川さんの講義に移るのですが、内容については
 お任せします。文学に関する楽しい講義をしていただければ結構です。それと楽しい小説もお願いします。で、今まではだいたい3つ
 の演題を発表されていましたが、小川さんの小説もありますので演題は2つということでお願いします。これはあくまでも、それで
 始めて見ようということなので、状況を見て演題を増やしたり減らしたりすればいいと思います。ぼくの希望ですが、講義は引き続き、
 「面白い小説とはどんなんだろう」でいいと思うのですが、小説は、前回までの小説はハッピーエンドで終わりにして、新たな小説を
 お願いしたいのですが、小川さんはどう思われますか」
「ぼくは講義は相川さんに任せるとして、小説は面白いと同時に、ぼくが小説を書く時の参考になるようなものを書いていただければ
 とてもありがたいと思います」
「わかりました。2ヶ月あるので講義も小説もじっくり考えて充実した内容のものに、というのは楽しいだけでなく悲劇にも挑戦したい
 と思っているもので、まあとにかくやってみましょう」