プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生161」

小川は今になって50才までに小説家になると言ってしまったことを後悔し始めたが、それを目敏く見抜いた
相川が小川に笑顔で声を掛けた。
「小川さんは責任感の強い人だから、一旦宣言したことはやり抜かねばと思って悩まれているんでしょう。でもそんなに
 自分を追いつめないで、少なくとも私に提出する小説について言えば、その資格があるか、それだけの技量があるかの
 試験を受けているのだと考えたらいいと思います。それに小川さんが50才になるまでに小説家になれないからといって、
 大川さんの奥さんが小川さんをどうこうするということはないでしょう。ねえ、大川さん」
「それはわかりません」
「......」
「でもそういうことになったら、私が守ってあげますよ。ははは」

「それでは、私の講義に移らせていただくことにしましょう。大川さんから、文学に関する楽しい講義と楽しい小説と
 いうことでしたが、とりあえずそれを続けて行くためにテーマを決めておきたいと思います。題して、「喜びも悲しみも
 味わい続けて幾星霜 小説っていいもんですね」という内容の講義をしていきたいと思います。小説については、石山、
 俊子、本山、課長のキャラクターを捨ててしまうのはもったいないので、引き続き彼らに登場してもらうことにします」
「そうですか、彼らの活躍を楽しませてもらっていたので、また彼らが小説に出て来るというのは楽しみです。ところで
 講義の時間を短くして、ぼくが書いた小説の指導の時間に充てていただければ、さらに有難いのですが...」
「ぼくもその方が時間を有効に使えると思うので、相川さんがよければ小川さんが言われる通りに...」
「わかりました。それでは今日のところは、用意した2つの講義を消化させていただくとして、次回からは講義は1つ、
 その前に小川さんが書かれた小説について私がいろいろと参考意見を言わせていただくというふうにしましょう」
「ではそろそろ講義をお願いします」
「今日は、「長編小説と短編小説の違い」「小説と戯曲の違い」についてお話しましょう」
「あのー、ぼくは思うんですが、長いのと短いの。それから観客に見てもらうために書いたものとそうでないものと...」
「確かにそうですが、もう少し掘り下げて解説しようと思います。ところで小川さん、長編小説、短編小説で有名な
 作家をあげていただけますか」
「そうですね。前者ではやはりたくさんの長編小説を書いた作家ということで、チャールズ・ディケンズ、アレクサンドル・デュマ
 ですね。やはり短編小説といえばすぐに浮かぶのは、「賢者の贈り物」「最後の一葉」で有名なオー・ヘンリーですね」
「私もそう思います。で、仮に長編小説の代表作家をデュマ、短編小説の代表作家をオー・ヘンリーとしてどちらが、息の長い
 作家活動ができたとお思いですか」
「それはデュマだと思います。彼は68才で亡くなりますが、確か48才までに十数編の長編小説、その中には「ダルタニャン物語」
 や「モンテ・クリスト伯」があるのですが、を書いています。一方、オー・ヘンリーはというと48才で亡くなるまで、381の
 短編小説を発表したと言いますが、作家として活躍していたのは30代前半くらいだと思いますし、有名なものとしては先程
 言いました2つの短篇小説になると思います」
「ありがとうございます。まあこのことから作家を志すなら、長編小説を書けというのが私の言いたいことなんですが、もう少し
 補足説明をしておきましょう。とにかくキャラクターの創造というのはおいそれとできるものではありません。また自分の創造した
 キャラクターに愛着がわくということもありますから短篇1回の登場だけで使命を終えてしまうというのは勿体ない気がします。
 とはいえ長編小説を一気に書き上げることは不可能に近い。そこで考えられたのが、連載小説という手法です。これだと1日(1回)
 につき原稿用紙2〜4枚の量をコンスタントに書き続ければ、200回続ければ、立派な長編小説になるというわけです。職業作家
 でなければ好きな時に中断することもできますし、逆に創作意欲がある時にはどんどんどしどし書けばよいと思います」
「仰る通りだと思うのですが、結末については考えておかないと駄目ですよね」
「いいえ、僕はむしろ心の赴くままに、知の泉が湧き出るままにペンを走らせるうちに出来上がった小説というのも面白いものが
 できると思います。ただ忘れてはならないのは、登場人物の性格に一貫性がないと説得力に欠けるものになってしまう恐れが
 あるのでその点だけに気をつけられたらよいと思います。そういうことで今回の小説は、以前私の読み上げた小説の登場人物に、
 愛着のある登場人物に順番に登場してもらうことにしましょう」