プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生162」
「それでは、小説をお聞きいただきましょう。
『石山は俊子から自分との結婚の承諾を得たが、その他のことは何ひとつ目処がつかなかった。結婚資金は
一銭もなかったし、俊子の頑固な父親とは未だに一言も交わしたことがなかった。また石山が俊子に会うためには
飛行機と電車とバスを乗り継いで片道5時間はかかった(ただ石山は飛行機のチケットを購入するお金がないので、
各駅停車を乗り継ぐか、夜行バスを利用していた)。俊子が暮らす街は石山の故郷の街に近い。石山が今暮らす街は
大学を卒業し就職して配属された街で、生活の拠点にするには知らないことが多すぎる。俊子が両親や親戚のいない
街で暮らすというのに、自分も街のことは何も知らないというのは許されないことだと思った。石山は独り言を言った。
「彼女の心は今ぼくの方に傾いているのだからそれを大切にしないと。それでも振り子のように振り戻しが起きる
かもしれない。もしかしたら♩=200で動くメトロノームのようになるかもしれない。そうなったら大変だぞ」
その頃、俊子は自分の家で母親と話をしていた。
「俊子がこの前石山さんを家に連れて来たので、あたしゃもう少しで腰を抜かすところだったよ」「オーバーねー、
おかあさんは」「何言ってるんだい。あんた家を出る時になんて言ったか覚えとらんの...」「確か、これで最後だから
初デートの時の服装で出掛けるわと言ったわ」「そうでしょ。ほんなこと言っといて、玄関開けたら、あんたらふたりが
腕組んで、おるもんだから、そのままお尻から落ちそうになったんよ」「でも、おかあさん、石山さんが今度来た時には
どこの出身かわからないような喋り方はやめてね」「なにゆうとるの。親にそんなことを言ってええと思っとるの。
とにかくこの前は予告なしだったからやられたけれど、次回はお父さんに同席してもらってあの奔放な石山さんをぎゅっと
ねじ上げてもらうわ、ほほほ」「まあ、おかあさんたら」
その頃、本山は今晩の晩ご飯を焼うどんにするか焼きそばにするかで悩んでいた。
「ああ、どっちもぼくの大好物だから...」それにしてもこのふたつは甲乙付け難いなぁ。基本になるのは3玉100円の
うどんと中華そばなんだが、それに200円くらいの豚肉を買ってと。ぼくの場合、メインは麺なので野菜は1種類だけだ。
焼うどんには白ネギを、焼きそばにはもやしを入れることにしている。焼きそばのソースは粉末状のソースを使うが、
焼うどんの場合は自家製だ。和風だしと醤油に豆板醤を入れることにしているが...。あーあ、そんなことを考えていたら、
ドブに落っこちてしまった。
その頃、石山の上司の課長は、どうやったら石山が俊子とうまくやっていけるかを考えていた。
<石山君はせっかく俊子さんと縒りを戻せたというのに、またふたり離れ離れの生活に満足しているようだ。これはひとえに
我が社が一年を通して週休一日制だからなのだが、夜行バスで12時間かかるとは言え、月に2回くらいは土曜日の夜に
夜行バスで彼女の元に出掛けて行き、日曜日の夜にとんぼ返りで夜行バスで帰って来るくらいの心意気を彼女に見せてほしい
ものだ。女性というのは男性の熱意に弱い。喫茶店で居眠りをするだけであっても毎週のように遠路はるばるやって来て
くれれば、それだけで熱い思いを受け止めてくれるものだ。それに喫茶店での居眠りを我慢すると月曜日の朝に居眠り
したくなるかもしれないから、石山君は我慢しないで彼女の前で遠慮せずに居眠りをしてほしい。それでは意味ないか>』
というわけで、この4人を中心に物語を展開していきますが、今回のように一般的な小説(地の文と会話文)、対話、意識の流れ、
独白を連ねるというふうに凝った内容のものにすることもありますが、講義のおまけとして聞いていただけたらと思います」
「うーん、そういう凝った小説がぼくにも書けるでしょうか」
「心配いりませんよ。一番大事なのは読者の心をいかにして掴むかで、ぼくの直感ですが小川さんの方があると思うんですよ」