プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生164」
桃香が4年生になると、秋子はアユミの伝でアユミの出身音大で事務員として勤務しはじめた。今までは、音楽とは関係のない
短時間のパートの仕事だったが、秋子は自分の夢の実現のために、行動を起こしたのだった。
ある日、午後8時過ぎに小川は帰宅したが、玄関の扉を開けたのが桃香だったため、最近気になっていたことが口をついて出た。
「おかあさん遅いね。今日用事があるとか聞いてる」
「用事があるのならいいんだけど、なにも聞いていないから心配なの...」
「おや、あれはおかあさんのようだな...。どうしたの、ずいぶん遅いじゃないか」
「ごめんなさい。少しわけがあるんだけど、夕ごはんを食べながら説明させてもらっていいかしら」
「わたし思うんだけど、おかあさんうれしそうだから、きっと楽しいことがあったんだと思うわ」
秋子が買って来た出来合いのおかずを食卓に並べ終えると、秋子は話し始めた。
「実は、私が音大の事務員をしたいと思ったのは...」
「そりゃー、アンサンブルのメンバーを集めたいからということではなかったのかな。音大だったら管楽器の奏者も
たくさんいるということで働きたいと言っていたのでは...」
「そうよね、確かにたくさん在籍されているわ。けれど、一緒に演奏する仲間というのは学生つまり音大生の時にある程度決まって
しまうみたい。私のように趣味の延長のような形で楽器を習って来た者は独奏やアユミさんと演奏する分には問題がないけど、
音楽仲間を募ってアンサンブルをするということになると相手を見つける術がなくて困ることになるの」
「なるほど、それでどうしたのかな」
「最初はアユミさんの知り合いの中で、ファゴット、オーボエ、ホルンなどの奏者を捜してもらったんだけどうまくいかなくて、
やっぱり自分で捜そうと思ったの。音大生に会う機会が多いのは音大の事務員と思って、アユミさんにお願いしてみたの。
2ヶ月前から晴れて音大の事務員になれたんだけど、さっき言ったように、現役で演奏活動をしている学生や卒業生同士は
絆が強いから、部外者の私と一緒にアンサンブルをやりましょうと言ってくれるとは思えなかったの。だって趣味でクラリ
ネットを吹いていた人が、自分たちと一緒に演奏が出来るほど上手に演奏できると思わないでしょう。だからまずは私と一緒に
アンサンブルをしてくれる人を自分なりの方法で捜してみようと思ったの」
「で、どうしたの」
「お昼休みや仕事が終わった後に、同僚の何人かに自分のしたいことを話してみたの。そうしたら今は演奏活動から遠ざかって
いるけれど、子供の手が離れたので、久しぶりに再開したいと言われる方の何人かにお会いできたの。それで上司の方に、
事務局兼演奏家をさせてもらいたいと言ったところ、現役の演奏家に迷惑がかからないようにすること、仕事をきちんとする
ことを守れるのなら、やってもいいと言われたの」
「今日はそれで遅くなったの」
「そうなの。仕事が終わった後、その人たちと少し話したんだけれど、ほとんどが30〜40代の女性で子育てが終わったので、
久しぶりにやってみようかしらと言ってくれたの」
「ところでメンバーは何人なんだい。それと楽器は?」
「まあ、今のところは流動的だから、私と一緒に練習を始めて定着したらその時にメンバー紹介をするわ。でもアンサンブルは
楽器の編成がいろいろだから、固定メンバーはファゴット、オーボエ、ホルンの3人かしら。ところで、小川さん、小説の方は
どうなの」
「まあ、秋子さんも頑張っているんだから...。精一杯やってみるさ。次回の相川さんの講義の時にちゃんと小説の出だしを書いて、
相川さんによい評価をしてもらうことが第一の関門かな」
「そう、頑張ってね」