プチ小説「青春の光18」

「やあ、田中君、久しぶりだね」
「そんなー、橋本さん、毎日職場でお見掛けしているのに」
「そうだったかな」
「なぜかぼくが近づくのに気付かれると、全力疾走で駆け出されたじゃないですか」
「ははは、それは悪かったね。でも今日からは...」
「今日からはその必要がなくなったということですか」
「そうなんだ。実は友人に口止めされていることがあったのだが、田中君に会うとそれを全部
 喋ってしまう恐れがあるので、君とこうして面と向かって話すことを避けて来たんだ」
「その口止めされて来たことが、今日解禁になったのですか」
「まあそう言うことだね。ジェスチャーで少し話したけれど、ぼくの友人の船場弘章君、
 といってもこれはペンネームなんだが、が小説を出版することになったんで、職場で
 提灯行列に参加してもらえる人を密かに捜していたんだ」
「でも、なぜ秘密にしないといけないのですか」
「それは、彼が駆け出しの小説家で、公の場に出るわけにはいかないからさ」
「で、どうだったんです。一緒に提灯を持ってくれる人はいたのですか」
「そ、それがだね...、もちろんいなかったさ」
「がくっ。何となしに、「やあ、田中君、久しぶりだね」の意味がわかってきました」
「やはり、田中君は、鋭いね。で、どっちを持ってくれるのか。大きい方か...」
「まだ、返事していないのに...。でも、遠慮して小さい方かな。なんて書いてあるのですか」
「えーと、大きい方には、”「こんにちは、ディケンズ先生」船場弘章著 近代文藝社刊
 10月3日発売”と書いてある。で、小さい方は...。やめとこう。まあ、当日のお楽しみ
 というところかな」
「まあ、別にいいですけどどこでやるんですか」
「外でやるには公的機関への届け出が必要になるから、ふたりで公立図書館に行って彼の本を
 寄贈して、できれば書棚に置いてあげて下さいと頼もうと思うんだ。その時にささやかだが
 この提灯を見せて宣伝しようと思うんだ」
「わかりました」

「そういうわけで、「人生の岐路で懊悩する若者を、夢の中に登場する文豪は彼らしいユーモア
 とウィットで導く」楽しい小説なので、よろしければ目立つところに置いてあげて下さい」
「それでは、この寄贈資料受付票をお渡ししておきましょう。寄贈を受けたからといって、必ず
 書棚に置かれるとは限らないことをご了解下さい。また図書館のホームページへの掲載も同様です」
「わかりました。では、田中君、早くもうひとつの提灯もみなさんに披露するんだ」
「やめときましょうよ。”橋本伊吉、恋人募集中”なんて宣伝は」
「......」