プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生172」

小川は秋子と娘2人が和室で寝ると言ったので、書斎で眠ることにした。ふとんを敷いていると深美が
やって来た。
「おとうさん、1週間お世話になります」
「ははは、こちらこそ。実は、おとうさん、今日みたいに何回か深美の演奏が聴けると思っていて、
 それがとても楽しみなんだ」
「と言うと、今日以外にも演奏できるの」
「今のところ、明々後日に有給を取ったから、おかあさんと3人で出掛けることになっている。その時に
 どこかのスタジオを借りて...」
「それから出発の日の昼食後もどこかのスタジオを借りるの」
「その時は、相川さんがよく利用するお店を借り切って、軽食をとりながら楽しく過ごすことになっているんだ。
 相川さんのピアノはもちろん、おとうさんのクラリネットも聴いてもらおうと思っている。そうしてみんなで
 音楽を楽しんでから、深美を空港まで送って行こうと思うんだ」
「みんな何を演奏するのかしら」
「それは、もちろん深美が気に入ってくれそうな音楽をそれぞれが一所懸命演奏するわけだが、聴くまでの
 お楽しみというところかな。アユミさんは子供の面倒を自宅でみないといけないから不参加だけど、その分
 ご主人が、ひとり二役で頑張ると言っていたなぁ。おとうさんも、ご主人に負けないように頑張るよ」
「本当にありがとう。おとうさん」

深美が和室に行くと小川は明日に備えてすぐにふとんをかぶって眠りについたが、すぐに夢の中に
ディケンズ先生が現れた。
「やっと、私の出番だ。陽気に行きましょう。小川君、久しぶりだね」
「先生、本当にお久しぶりです。どうしていらしたんですか」
「表向きは生誕200年を間近に控えて忙しいということにしているが、本当のところは最近君が
 私の著作を読んでくれていないということが原因なんだ。最近君は、ユゴーの「レ・ミゼラブル」を
 読んでいて、次は最近、風光書房で購入した、「ウェルギリウスの死」を読もうとしている。確かに
 「ドンビー父子」や「ニコラス・ニクルビー」は入手しにくいだろうが、いくつかの図書館で「ドンビー
 父子」は借りられるし、近く「大いなる遺産」の新刊も出る予定だ。だから...」
「よくわかりました。何とか先生の作品を読む時間を作りたいと思います」
「是非、そうしてくれたまえ」
「ところで、先生、生誕200年に何かされるのではないのですか。そのように仰っていたので楽しみに
 しているのですが」
「小川君、よく聞くんだ。前にも言ったことがあるように、私は君の脳の中の住人に過ぎない。
 もし私がそうなってほしいと願っても、私自身ではどうすることもできないのさ。でも小川君が
 その気になれば、何だって可能になる。例えば、テムズ川沿いにいっぱい支柱を立ててその間に
 「祝ディケンズ生誕200年」と書かれた赤い提灯を連ね、その前で私の本の朗読会なんかを
 してもらえると、賑やかなことが好きな私にとっては願ってもないことなんだが...」
「そうですか。どうなるかはわかりませんが、心に留めておくことにします」
「よーし、その意気だ。頼んだよ」
「はい」